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嫁いびり離婚請求事件 上告審

最三小判平2・3・6家月42巻6号40頁, 平成元年(オ)第1131号 離婚請求上告事件

参考: 第一審判決控訴審判決

関係人仮名


判決

上告人 〔原告・被控訴人〕
X 〔夫〕
右訴訟代理人弁護士
鈴木 俊
被上告人 〔被告・控訴人〕
Y 〔妻〕
右訴訟代理人弁護士
金住典子

右当事者間の東京高等裁判所昭和57年(ネ)第2368号離婚請求事件について、同裁判所が平成元年5月11日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

理由

上告代理人鈴木俊の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、右事実関係のもとにおいて、上告人、被上告人間の婚姻関係が回復の見込みがない程度にまで破綻するに至ってはおらず民法770条1項5号所定の離婚原因があるとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官
安岡滿彦
裁判官
坂上壽夫
裁判官
貞家克己
裁判官
園部逸夫

上告代理人鈴木俊の上告理由

原判決は、民法770条の法令の適用を誤ったものであり、かつ同法令の適用の前提となる事実認定において、経験則違反を犯しているものであるから、破棄されるべきものである。

一 原判決は、その理由一、1ないし9において、本件事件の事実認定をなし、これをもとにして、本件について婚姻関係の破綻があったか、上告人が有責配偶者であったか、上告人からの離婚請求が民法一条の法意からして許容できるか否かについて判断している。

しかし、原判決の事実認定とそれをもとにした法的判断は著しくかけ離れたものであって、同法的判断は事実に基づかない判断であり、結局法令の適用を誤ったというべきである。

二 まず、婚姻関係の破綻について、原判決は、「婚姻破綻の証明はつかないことに帰する」としている。

原判決の事実認定からすれば、上告人と被上告人間の関係が完全に破綻していることは否定のしようがない事実であって、これを覆す事実はまったく存在していない。

ところが、原判決は被上告人が事実認定記載の言動をしたのは、信子の「余りにも常軌を逸した控訴人に対する仕打ちが、被控訴人の優柔不断というか、後になるに従って信子べったりとなっていった対応」であるとして、婚姻関係が回復不可能とまでいえないとするのである。しかし、原判決のいう信子の常軌を逸した仕打というのは、いったいどこで認定されているのであろうか。そのような事実認定は存在していないのである(常軌を逸した仕打が具体的になんであるか、原判決からはまったく推測することもできない。)。さらに、上告人(被控訴人)が信子べったりとなっていった対応というのも事実認定上どこにもないことは明らかである(この事実も、なにをもってそうだといっているのか推測することすら困難である。)。そして、その上で、原判決は、控訴審の審理状況を引き合いに出して、「通常控訴審にまで至った離婚事件の当事者間に見られる定型的ともいえる一種の緊張関係が遂に感得されなかった。より直截に言えば、信子といういわば遮断幕のあちらとこちらで相互に非難しあっているのではないかとの心証を払拭しきれないのである」と、まったく証拠にも基づかない結論を出し、結局婚姻破綻の証明はつかないとするのである。

右の如き、原判決の結論ならびにこれに至るまでの論理構成は、自らが認定している事実を無視した上で、どこにも認定されていない事実を事実であるとして、結論づけたものであって、経験則に反し、民法770条の法令の適用を誤ったことが明らかなものである。

三 次に、原判決は、婚姻関係が破綻していないと判断したことに、自信がないのか、たとえ婚姻関係が回復不可能なまでに破綻しているとしても、本件は妻に対する姑の嫁いびり延いては追い出しの典型的ともいえる事案であり、上告人は姑(信子)のこの策動に加担し、これを遂行したものとしての非難を免れず、婚姻破綻につき専ら責任を有するものとして、有責配偶者の離婚請求であるとする。

しかし、ここでもまた、原判決はいったいいかなる事実認定に基づいてこのような結論を出したのであろうか。信子の嫁いびり延いては追い出しの策動と上告人のこれに対する加担は、原判決での認定事実からは欠けていることは明白である(上告人が被上告人へのいびりと追い出し策動に加担した事実について、原判決を善解すると、控訴審において信子が証言に立った際に、上告人が介添えをしたことが、これを推認させるかのように読みとれる。しかし、実の親が病気にもかかわらず、新潟から東京まで出ていって慣れない証言をしている際に、子が世話をするのは当然のことであって、これを上告人が信子の策動に加担している証左であるかのように決めつけるのは、驚くべき想像力ではあるものの、証拠に基づく裁判の事実認定からは、到底考えることのできない非常識な認定であり、経験則から大きくはずれた判断である。)。

上告人を有責配偶者と決めつける以上、いかなる具体的事実が、有責配偶者と評価されるべきものであるのか、認定されなければならないことは、当然のことであるにもかかわらず、原判決にはそれがまったくないのである。

結局、原判決のなした有責配偶者であるとの法的判断は、事実に基づかない判断であって、民法770条の法令の適用を誤ったことが明らかなものである。

四 以上のとおり、原判決は、事実認定を欠いたまま、自らの予断と偏見にもとづき、婚姻関係の破綻がないとか、上告人が有責配偶者であるとか断じているのであって、到底これを維持しえないものである。

本件はすでに、別居してから10年を経過しており、しかも双方の提出した陳述書(甲2号証・乙1号証)から明らかなとおり、互いに非難をしあうだけの関係で、今後婚姻関係が修復してやりなおしができるような状態でないことは、明らかであり、速やかに離婚させることこそが最も双方にとって望ましいというべきである(なお、仮に子の養育等の付随的問題が生じるというのであれば、他に法的手段によっていかようにも解決ができるものである。)。


被上告人訴訟代理人による準備書面

上告人の上告理由書に対して、被上告人は左のとおり反論する。

一、上告人は、上告理由書二において、原判決が被上告人からの本訴離婚請求を棄却する理由の第一にあげた、「婚姻破綻の証明はつかない」としたのは誤りであり、事実認定するにあたっての経験則違反があるという。

そして、その論拠として、「信子の余りにも常軌を逸した控訴人に対する仕打ちが、被控訴人の優柔不断というか、後になるにしたがって信子べったりとなっていった対応が、被上告人に勝ち気な、姑にきつい言葉を言わせた原因である」とした部分や、「通常控訴審にまで至った離婚事件の当事者間に見られる定型的ともいえる一種の緊張関係がついに感得されなかった。より直截に言えば、信子といういはば遮断膜のあちらとこちらで相互に非難しあっているのではないかとの心証を払拭しきれないのである」とする部分について、証拠に基づかない結論を出している、と原判決の判断を非難する。

しかしながら、上告人も、その上告理由において、原判決の9丁~16丁までの事実認定については、特に批判することなく認めているのであり、被上告人もおおむね情理にかなった事実認定であると考える。

そうだとすると、これらの詳細な、きわめて「常識」にかなった、この種の裁判例としては、称賛に値するほど、深い洞察力にたった事実認定の上に、原判決の結論が構成されていることは異論のないところであろう。

また、その結論を導く、理由の展開も、16丁~18丁まで、さらに原審での証言を詳しく挙げてあり、けっして上告人の言う「推量」や「事実無根」の事実に基づく判断でないことは、原判決の右部分を素直に読めば納得できることである。

上告人は、別居以来10年がたっている、というが、原判決が、上告人の原審での証言として判決にあげているように、上告人は、「控訴人(被上告人)ともう一度やりなおそうという気をなくしたのは当審においてである。」と証言しているのであり、そうすると、上告人は、新潟地裁に離婚訴訟を提起したときには、まだやり直す気持ちもあったということであり、いずれにしても、上告人が離婚の決心をしてから1年ぐらいにしかならないのであるし、他方被上告人のほうは、一貫して、「やりなおしたい」と言いつづけているのであるから、原判決が「破綻」を認めなかったのには正当の理由があるというべきである。

二、つぎに、上告人は、原判決が、「仮に婚姻関係が破綻しているとしても本件は妻に対する姑の嫁いびりひいては追い出しの典型的ともいえる事案であり、控訴人(上告人)は姑信子のこの策動に加担し、これを遂行したものとしての非難を免れず、婚姻破綻について専ら責任を有するものとして、有責配偶者の離婚請求である」とし離婚請求を棄却したことにつき、事実に基づかない、予断と偏見に基づく判断だとして非難する。

上告人は、原判決が、法廷での上告人の信子に対する介添えぶりのみから偏見をもったかのように非難するが、上告人も認めている前期事実認定に加え、原判決は、その根拠となる証言を19丁に具体的にあげて総合的な判断をしていることは明らかであるから、上告人の右非難は当たらない。

また、原判決が、上告人の離婚請求を「(最高裁の判決に照らしても)社会正義に反する有責配偶者からの離婚請求」であるとして認めなかった根拠は他にも重要な理由があげられている。

別居期間が不相当に長びいていることはいえないこと。(上告人が離婚を決心してからは、まだ1~2年にしかならないことは、その証言から明らか)

婚姻費用分担の調停の履行義務(それも、一人につきわずか15000円である)を長期にわたり怠り、他方上告人は次々に新しい車を乗り換えている事実があること。

そのため、被上告人は、働いて二人の子供を育てているのに、収入も少なく生活保護を受け続けることを余儀なくされ、行政の冷たい目にも忍耐しなければならない苛酷な人生を余儀なくさせられていること。

その上、体の弱い未成年の子供が二人もいること。

原判決の審理に対して誠実で、緻密な事実認定に基づく、また深い人間洞察の力に裏付けられた、正義公平なる判決に対して、上告人は反省するどころか、逆に正当な根拠もない難癖を付けている。

原判決が言うように、しばらくこのまま離婚を認めず、夫婦の仲たがいの原因となった信子に万一のことがあるまで、そのときには、二人のやり直しのチャンスであろうから、そのときまで離婚を認めないのが良識ある結論であると信ずる。

そのことは、長年にわたり両親の愛情と平穏な生活を奪われて来た二人の息子たちが「人間不信」を回復するための貴重なチャンスにもなることと信ずる。このようにして、人間不信を回復することがなく成長した子供が、将来家庭をもち、子供を育てる立場に立つことを考えるといっそうのこと、理不尽な追い出し離婚を「法」のもとに認めてはならないものと考える。



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