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キング・クリムゾン事件

東京地判平10・1・21判時1644号141頁, 平成8年(ワ)第11327号 損害賠償等請求事件

参考: 控訴審判決


口頭弁論終結の日 平成9年10月1日

原告
X(イギリス人・仮名)
右訴訟代理人弁護士
内藤 篤
右訴訟復代理人弁護士
坂口昌子
被告
株式会社エフエム東京
右代表者代表取締役
Y(仮名)
被告
Y
右二名訴訟代理人弁護士
溝呂木商太郎
北村行夫
市毛由美子
同 訴訟復代理人弁護士
杉浦尚子

  1. 被告らは、原告に対し、連帯して、40万円及びこれに対する被告株式会社エフエム東京については平成8年7月1日から、被告Yについては同月4日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2. 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍を販売してはならない。
  3. 被告らは、その占有する別紙書籍目録の書籍を廃棄せよ。
  4. 原告のその余の請求を棄却する。
  5. 訴訟費用はこれを4分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
  6. この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

  1. 被告らは、原告に対し、連帯して、210万円及びこれに対する被告株式会社エフエム東京については平成8年7月1日から、被告Yについては同月4日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
  2. 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍の印刷及び販売を中止せよ。
  3. 被告らは、その占有する別紙書籍目録記載の書籍を廃棄せよ。

第2 事案の概要

本件は、被告らが共謀の上、原告に無断で、原告がリーダーを務める世界的に著名なロック・グループである「キング・クリムゾン」のグループ名を題号とし、右グループ及び原告を含む右グループに関係する音楽家の肖像写真やレコード等のジャケット写真を多数掲載した別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を出版したことにより、原告がその有するパブリシティ権を侵害され、財産的損害を被ったとして、原告が、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償、本件書籍の印刷及び販売の差止め並びにその占有する本件書籍の廃棄を求めた事案である。

一 争いのない事実

1 原告がリーダーを務める「キング・クリムゾン」は、現在までに10数枚の右グループ名義のアルバムレコード(以下「アルバム」という。)を発表し、世界中に熱狂的なファンを有する、著名なロックグループである。

2 原告は、「キング・クリムゾン」の結成以来のリーダーであるとともに、構成員の交替や活動停止を繰り返した右グループの唯一の結成以来の構成員であり、原告以外に「キング・クリムゾン」の名称を使用した者は存在しない。また、原告は、「キング・クリムゾン」における活動以外にも、その本名である「X」個人ないしはその名前を冠したグループ(「X・ストリング・クインテット」、「シルヴィアン・アンド・X」等)において、ソロアルバムや他の音楽家との共演アルバムを発表するなどの活動を行ってきたものであり、「X」の名称によっても著名な存在である。

3 原告は、日本国内においても、「キング・クリムゾン」及び「X」名義によるアルバムの発売やコンサートツアーの実施により、極めて著名な存在である。右アルバムはすべて株式会社ポニー・キャニオン等の大手レコード会社から発売されており、「キング・クリムゾン」名義のアルバムは現在においても好調な売上げを記録している。

4 株式会社エフエム東京(以下「被告会社」という。)は、平成7年10月20日ころ、被告Y(以下「被告Y」という。)を発行人として、本件書籍を出版した。本件書籍の複製数は5000部であり、販売定価は1部1400円であった。

5 本件書籍は、題号を「キング・クリムゾン」とし、その表面のカバーデザイン及び背表紙には右グループの第一アルバムである「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING」のアルバムジャケットデザインが、裏面カバーデザインには右グループの第六アルバムである「LARKS' TONGUES IN ASPIC」のアルバムジャケットデザインが使われている。本件書籍は、上質の紙を使用した新書版サイズで、全体の15パーセントがカラー印刷の頁であり、182頁の本文で構成されており、そのほぼ90パーセントを、レコード等のジャケット写真と収録楽曲の題号を掲げ、これに2行から30数行程度の解説文を付した「ディスク・ガイド」が占めており、右部分は「キング・クリムゾン」、「X・ソロ・アンド・コラボレイションズ」、「X・セッション・ワークス・アンド・プロデュース」、「メンバーズ・アンド・リレイテッド・ワークス」、「プレ・キング・クリムゾン・アンド・リレイテッド・グループス」に分けられており、いずれも「キング・クリムゾン」ないし「X」関連のもので占められている。その他にも、11枚の音楽家の肖像写真が1頁の全体あるいは章の扉部分に大きく使われており、そのほぼ全部に原告が写っている。

二 争点

1 本件書籍の出版により原告のパブリシティ権が侵害されたか

(原告の主張)

本件書籍を原告に無断で出版した行為は、原告の氏名、肖像写真、レコード等のジャケット写真といった顧客吸引力ある個人情報を商業的に利用する行為に該当し、原告は被告らの右行為によりパブリシティ権を侵害された。

㈠ パブリシティ権の内容及び侵害行為の意義について

パブリシティ権の客体は、「氏名、肖像その他の顧客吸引力ある個人識別情報である」が、パブリシティ権の本質は顧客吸引力にあり、その発現形態は必ずしも氏名及び肖像に限定される必然性はなく、原告が制作に関与したレコード等のジャケットは、顧客吸引力ある原告の個人識別情報であって、その利用行為は原告の獲得した名声、社会的評価、知名度等を利用する行為であるから、原告のパブリシティ権の客体となるものといえる。そして、パブリシティ権は、これらの個人識別情報の商業的利用行為によって侵害されるものであり、これまで裁判例で認められてきた商業的利用行為には、著名人の個人識別情報の広告への利用と商品への利用(商品化)の二類型があるが、右二類型に限定されなければならない理由はなく、具体的行為が商業的利用行為に該当するか否かの判断基準は、営利性の有無に求められるべきであり、その行為に対価の伴っている場合には典型的な営利行為になると考えられる。

㈡ 本件書籍が原告のパブリシティ権を侵害していることについて

本件書籍の出版は対価の伴う典型的な営利行為であるから、商業利用行為に該当する。

そして、本件書籍の題号は、「キング・クリムゾン」というグループ名そのものであり、本件書籍の外観は、「キング・クリムゾン」及びその作品であるレコードのイメージ、すなわち、原告のパブリシティの価値に大きく依拠するものであること、本件書籍の内容の9割が原告に冠する作品のディスク・ガイド(作品紹介)で占められ、その主要部分には、「キング・クリムゾン」ないし原告の肖像写真やジャケット写真等、原告の顧客吸引力ある個人識別情報が多数用いられること、本件書籍は、他の海外のロック・ミュージシャンの作品を紹介する書籍と比較しても、肖像写真やジャケット写真の占める比重が大きいこと、本件書籍の読者は、その記述的部分ではなく、その題号、肖像写真、ジャケット写真にひかれて本件書籍を購入すると考えられることからすれば、本件書籍は全体として原告の氏名、肖像等の情報を有する顧客吸引力に依拠して初めて成立し得たものであり、原告のパブリシティ権を侵害するものである。

被告らは、商業的利用行為に該当するか否かの判断基準につき、氏名、肖像等の情報の有する顧客吸引力をその利用態様の本質とする場合であるか否かに求めた上で、本件書籍の価値は、収集・選択・整理された情報の全体系にあり、氏名、肖像等の情報の顧客吸引力は従たる属性を有するにすぎないから、本件書籍の出版は商業的利用行為に該当しないとする。しかし、本件書籍の価値について被告ら主張のように解したとしても、直ちに肖像写真やジャケット写真が従属的な価値を有するにすぎないと解することはできないし、むしろ、本件書籍の価値の中心は、肖像写真やジャケット写真にあるものと解されるから、その顧客吸引力の利用は、本件書籍を出版することの本質であるといえる。

㈢ 言論・出版の自由との関係について

被告らは、本件書籍の出版は、言論・出版の自由の範囲に属するもので、原告のパブリシティ権を損害するものではないと主張するが、著名人に関する評伝的出版物(著名人やその業績について伝記的ないし評論的な観点から書かれた作品)については、その評伝的著述が氏名、肖像等の情報の有する顧客吸引力を下回らない価値を有する場合には、正当な表現活動の成果物として、当該著名人の許諾なくして出版することが正当化されると考えられるが、右出版物が、主として著名人の氏名、肖像等の情報の有する顧客吸引力に依存している場合は、それを正当な表現活動の成果物として評価することはできない。

そして、本件書籍は、主体に対する関心を伝達して批判したり、論じたりする目的で成立しているものではなく、原告の肖像写真やジャケット写真等の視覚的情報に体現された顧客吸引力に依拠して初めて価値ある書籍として成立し得たものであり、著名人に関する評伝的出版物として言論・出版の自由の範囲に属するものとはいえない。

㈣ ジャケット写真の掲載について

被告らは、本件書籍を書評と同視した上で、ジャケット写真を掲載した理由について縷々主張するが、書評において表紙写真を掲載する場合と異なり、本件書籍のような出版物においてジャケット写真を掲載することが慣行であるとは言い得ないし、レコード等の検索ないし購入の手掛かりを得るには文字情報をもって足り、ジャケット写真の掲載がなければレコード等の検索ないし購入が不可能となる性質のものではないから、ジャケット写真の掲載が被告らの主張する実際的機能を営んでいるとはいえない。本件書籍の大部分を占めるディスク・ガイドの価値を生じさせる源泉は、原告の顧客吸引力に依拠したジャケット写真にあることは明らかである。

㈤ 被告らが原告の許諾を得ようとした行為について

被告らは、本件書籍の出版に先立ち、原告にその許諾を求めており、右事実からすれば、被告らは、原告のパブリシティ権の存在及び本件書籍の出版に際しては原告の許諾が必要であることを十分認識していたものといえる。

⑴ 平成7年9月中旬、被告会社から本件書籍の編集を請け負っていた株式会社スイッチ・コーポレーションのA(以下「A」という。)は、ロンドンに出張した際、原告のマネージャーであるBに電話をして、本件書籍の出版に当たり原告の肖像写真の使用することの許諾を求めた。

⑵ ⑴において原告の許諾を得たかどうかが確実でなかったことから、同月20日、被告会社社員のCは、Bに対し、本件書籍を出版すること及び出版の際には数部を寄贈することを内容とするファックスを送信した。

(被告らの主張)

本件書籍は正当な表現活動の成果物であり、原告の許諾なくして出版することが許されるものであって、その出版は商業的利用行為に該当しないから、本件書籍の出版により原告のパブリシティ権が侵害されたとの事実は存在しない。

㈠ パブリシティ権の内容及び侵害行為の意義について

パブリシティ権が、「氏名、肖像その他の顧客吸引力ある個人識別情報」であることは被告らにおいても異論はない。しかし、氏名、肖像の他に、ジャケット写真のような個人識別情報全般にパブリシティ権が及ぶと解することは、パブリシティ権の内容を曖昧にさせるだけでなく、現代社会を財産権一色に塗りつぶす考えであり、採り得るものではない。

次に、パブリシティ権を侵害する商業的利用行為とは、著名人の氏名、肖像等の広告への利用及び商品化の二類型であり、これらはいずれも肖像等が当該著名人を関知させるためではなく、他者の商品や顧客への関心を引きつけるために用いられている類型である。これに対し、著名人に関する各種情報を集積して発表する出版物は、著名人に関する各種情報を周知させるものにすぎず、著名人を他社の商品やサービスのために利用するものではないから、パブリシティ権を侵害する商業的利用行為とはいえない。

原告は、商業的利用行為に該当するか否かの判断基準を営利性の有無に求めるべきと主張するが、本件書籍のような出版物は、対価の支払を条件として肖像等の情報を利用することの許諾を受けて写真集を発行する場合のような、情報の本来的な商業的利用の場合ではなく、当初の許諾の範囲外又は目的外において情報を利用する場合であるから、それが商業的利用行為といえるか否かは、営利性や対価の支払の有無はもちろんのこと、単に情報の有する顧客吸引力を発揮しているか否かという観点から決すべきではなく、情報を広告、商品化のような販売促進等の手段に用いる場合のように、情報の有する顧客吸引力をその利用態様の本質とする場合であるか否かにより判断すべきである。

㈡ 本件書籍が原告のパブリシティ権を侵害していないことについて

本件書籍は、「地球音楽ライブラリー」シリーズの一つであり、同シリーズは、ロック、フォーク等若者が愛好する現代音楽の各ジャンルの一流音楽家の作品を網羅し、その魅力と軌跡を解明することを編集目的としており、各書の内容は、音楽家の生育過程や活動を年代順に説明する伝記、各書の中心部分となる作品紹介、そして人名索引から構成されており、このような内容を有する本件書籍の価値は、「キング・クリムゾン」ないし原告に関し、収集・選択・整理された情報の全体系にあり、肖像写真やジャケット写真はそれを補足する情報として従たるものにすぎないこと、かかる特徴を有する本件書籍の購入者は、肖像写真やジャケット写真それ自体にひかれて購入するものではなく、これまで「キング・クリムゾン」に興味はあったがその作品や情報については十分には認識していない者や、「キング・クリムゾン」の熱狂的なファンで、その作品等についてはほぼ知っているが情報を整理する意味で購入する者と考えられることに鑑みれば、本件書籍は、「キング・クリムゾン」ないし原告に関する各種情報を周知させるものにすぎず、これらを他社の商品やサービスのためにも利用するものではないのはもちろんのこと、「キング・クリムゾン」ないし原告の氏名、肖像等の情報の有する顧客吸引力をその利用態様の本質とする場合ではないから、その出版を原告のパブリシティ権を侵害する商業的利用ということはできない。

原告は、本件書籍が対価性を有することを、その出版が商業的利用行為に該当することの根拠とするが、本件書籍の出版は、被告らが文化的な表現活動の一環として行ったものであり、本件書籍の資料費、取材費等と本件書籍の定価及び複製数を比較しても、被告らの利益は微々たるものであった。

㈢ 言論・出版の自由との関係について

著名人に関する氏名、肖像等の情報は、その著名人性を成り立たせている芸術性その他の才能を中心として公衆の関心の対象となり、言論・出版活動によって自由に言及され伝達され得る性質のものとして存在しているのであり、かかる情報を収集・整理し、論評を加えるなどして公衆に伝達するために書籍を出版することは、言論・出版の自由の範囲に属するというべきである。

本件書籍は、著名人である「キング・クリムゾン」ないし原告に関する情報を集約して公衆に伝達し、これを周知させることを目的とするものであり、他社の商品やサービスへ顧客の関心を引きつけるために右情報が使われている場合ではないから、その出版は商業的利用行為には該当せず、言論・出版の自由の範囲に属するものである。

㈣ ジャケット写真の掲載について

本件書籍において掲載されているジャケット写真は、公表済みのレコード等のものであり、肖像写真も宣伝のために公表が許されているものであるから、そもそもその掲載につき原告の許諾が必要とされる性質のものではないし、かかる写真を掲載した書籍を出版するに当たり、音楽家本人の許諾を得なければならないという音楽業界の慣習は存在しない。

本件書籍においてジャケット写真を用いたのは、書評において書籍の表紙写真を掲載するのと同様に慣行的なものであり、あえてその機能を述べるとすれば、読者にとってレコード等の題名の他にジャケット写真があることがレコード店等における検索ないし購入の手掛かりになるという点にあるのであり、ジャケット写真の利用は、作品の成立経緯、構成員の紹介ないし特色、エピソード、背景等の解説が付されている本件書籍の作品紹介の一部として行われているにすぎないものである。

㈤ 被告らが原告の許諾を得ようとした行為について

被告らが、本件書籍を出版するに際し、原告の許諾を得ようとした事実は存在しない。Aは、Bに対し、パブリシティ権を前提とする許諾を求めたものではなく、原告に関する資料の提供を依頼したが、これを断られたにすぎないし、Cが送信したファックスについても、原告に許諾を求める趣旨ではなく、単に本件書籍の出版の事実につき原告に知らせるという配慮から行ったものであることは、右ファックスの文面、送信された経緯及び送信日が本件書籍出版の数日前であることからも明らかである。

2 原告の損害額

(原告の主張)

㈠ 原告は、「キング・クリムゾン」の結成以来のリーダーであるとともに、構成員の交替や活動停止を繰り返した右グループの唯一の結成以来の構成員であり、原告以外に「キング・クリムゾン」の名称を使用した者は存在しないから、原告にとって「キング・クリムゾン」の名称はいわば屋号ともいうべきものであること、本件書籍は全体が一体となって「キング・クリムゾン」ないし原告に関する情報の集積として編集されたものであり、本件書籍に掲載されている原告以外の「キング・クリムゾン」の構成員に関する情報についても、右グループの構成員であったがゆえに言及されているものであり、あくまでも右グループとの関係で取り上げられているにすぎない以上、これを分断して考察することは妥当でないことからすれば、本件書籍の出版は全体として原告のパブリシティ権を侵害するものと解すべきであり、原告は単独で、その全部についての損害賠償を請求することができるものと解すべきである。

㈡ 著作権法114条2項、特許法102条2項、実用新案法29条2項、意匠法39条2項、商標法38条2項、不正競争防止法5条2項の趣旨は、本件のようにパブリシティ権が侵害された場合にも当てはまるものと解されるから、本件書籍の出版により原告が被った損害は、原告が本件書籍と同様の書籍の出版に原告の氏名や肖像を使用することを許諾した場合に、通常受けるべき金銭の額に相当する額と解すべきである。そして、書籍の場合に著作者が得る印税は、通常小売価格の10パーセントであるところ、本件書籍においては原告のレコード等のジャケット写真を多用した作品紹介がそのほとんどを占めているのであり、通常の書籍であれば著作権者が得るべき印税をパブリシティ権の権利主体である原告が得るべきものであるから、原告が通常受けるべき金額は、小売価格の10パーセントである。

㈢ さらに、本件書籍の出版は、原告に無断で行われたものであること、前記の諸規定も最低限の損害賠償額について定めたものに過ぎず、これを超える損害の賠償の請求を妨げるものではないこと(著作権法114条3項、特許法102条3項、実用新案法29条3項、意匠法39条3項、商標法38条3項、不正競争防止法5条3項)からすれば、被告らに対する懲罰の意味を含めて、前記10パーセントに20パーセントを上乗せした、小売価格の30パーセントに相当する金額を原告の損害額とするのが相当であるから、本件書籍の定価(小売価格)及び複製数を基準とすれば、被告らが原告に支払うべき損害賠償額は、210万円である。

(被告らの主張)

書籍の場合に著作者が得る印税が通常小売価格の10パーセントであることは認め、その余は否認ないし争う。商品化権におけるキャラクター等の使用料は、右印税率とは全く別異のものであるから、右印税率をもって本件の使用料相当額とすることには何の根拠も存在しない。

第3 争点に対する判断

一 争点1について

1 パブリシティ権の内容及び侵害行為の意義

原告は、被告らが共謀の上、原告に無断で「キング・クリムゾン」ないし原告の氏名、肖像写真及びレコード等のジャケット写真を多数掲載した本件書籍を出版したことにより、パブリシティ権を侵害されたと主張する。そこで、まず、パブリシティ権の内容及び侵害行為の意義について検討を加える。

㈠ 固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像を商品の宣伝・広告に使用したり、商品そのものに付した場合には、当該商品の宣伝、販売促進に効果をもたらすものがあることは、公知のところである。そして、著名人の氏名、肖像から生ずるかかる顧客吸引力は、当該著名人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価値として把握することが可能であるから、これが当該著名人に固有のものとして帰属するというべきであり、当該著名人は、その氏名、肖像から生ずる顧客吸引力の持つ経済的利益ないし価値(以下「パブリシティ価値」という。)を排他的に支配する財産的権利、すなわち、パブリシティ権を有するものと認められる。

したがって、当該著名人に属するパブリシティ価値を無断で使用する行為は、パブリシティ権を侵害する行為として不法行為を構成し、当該著名人は、それによって被った損害の賠償を求め得るとともに、かかる侵害行為に対しては、パブリシティ権に基づき、販売の差止めなど侵害の防止を実効あらしめるための行為を求めることができるものと解せられる。

㈡ ところで、パブリシティ価値の本質は、著名人が有する顧客吸引力にあるから、氏名、肖像がその主要なものであることは、争いがないところであるが、必ずしもそれに限定する必要はなく、著名人が獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる経済的な価値で、顧客吸引力があると認められる場合には、それをもパブリシティ権の内容に含まれると解すべきである。

そこで、原告が主張するレコード等のジャケット写真についても、かかる観点から判断すべきであり、著名人自らの氏名及び肖像が用いられているジャケット写真は、それ自体でパブリシティ権の内容に含まれると解されるし、そうではないジャケット写真についても、その演奏者や作品の著名性と相まって、当該音楽家を直接的に印象付けるものとして、その氏名ないし肖像と同様の顧客吸引力を取得する場合があるし、著名な音楽家ないし作品のジャケット写真が、当該作品及び収録楽曲の題名、演奏者名などと共に商品に使用された場合は、当該音楽家の氏名ないし肖像が商品に使用された場合と同様に、その有する顧客吸引力ないしパブリシティ価値の使用が問題となる場合があると解されるので、ジャケット写真がパブリシティ権の内容に含まれるか否かは、個別的な事案に応じて判断する必要があるといわなければならない。

㈢ 次に、いかなる行為がパブリシティ権を侵害するものとして不法行為を構成するかについて、従前の裁判例では、広告への利用と商品への利用(商品化)という二つの類型が明らかにされてきたが、侵害行為が右二類型に限られる理由はなく、本件書籍のように当該著名人に関する各種情報を発表する出版物においてもパブリシティ権を侵害する場合があることはいうまでもない。そして、出版物が、パブリシティ権を侵害するか否かの判断は、出版物の内容において当該著名人のパブリシティ価値を重要な構成部分としているか否か、言い換えると重要な部分において当該著名人の顧客吸引力を利用しているといえるか否かという観点から個別具体的に判断すべきであると考えられる。もとより、右判断に際しては、当該出版物の言論・出版の自由に対する慎重な配慮が必要なことはいうまでもないところである。

2 本件書籍のパブリシティ権の侵害の有無

㈠ 争いのない事実及び証拠(甲1)によれば、本件書籍の装丁及び内容は、次のとおりであることが認められる。

⑴ 本件書籍は、「キング・クリムゾン」のグループ名それ自体を題号とする、いわゆる新書版サイズの書籍で、全頁につき上質な紙が使用され、「キング・クリムゾン」のジャケット写真を中心に、全体の約15パーセントがカラー印刷の頁であり、本件書籍の表面カバーデザイン及び背表紙には、「キング・クリムゾン」の第一アルバムとして著名な「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING」のジャケット写真が、同じく、裏面カバーデザインには、第六アルバムとして著名な「LARKS' TONGUES IN ASPIC」のジャケット写真が、それぞれ使用されており、表面カバーデザインにおいては、大書された英文の「KING CRIMSON」及び片仮名の「キング・クリムゾン」の文字と右ジャケット写真とでその面積の約7割を占めており、一見して「キング・クリムゾン」に関する書籍であることが分かる装丁となっている。

⑵ 本件書籍全182頁は、中表紙、前書き、目次、利用案内の計4頁を除いて、伝記(キング・クリムゾン・ストーリー)12頁、レコード、コンパクトディスク及びビデオフィルムの作品紹介(ディスク・ガイド及びヴィデオ・ガイド)154頁、人名辞典(キング・クリムゾン・フーズ・フー)12頁から成り立っている。

伝記の内容は、「キング・クリムゾン」結成以前の原告の音楽活動から、「キング・クリムゾン」の最近に至るまでの活動を概観したものであり、そこでは原告を含む「キング・クリムゾン」の構成員の肖像写真が5枚掲載されている。

作品紹介は、レコード、コンパクトディスク、ビデオフィルムのジャケット写真ないしレコード盤の写真(以下単に「ジャケット写真」という。)、収録楽曲のタイトル、演奏者名及び2行ないし30数行の解説文で構成されており、紹介されているすべての作品についてジャケット写真が使用されている。作品紹介154頁の内訳は、「キング・クリムゾン」の作品を掲載したものが36頁、原告個人が演奏者又はプロデューサーとして制作に関与した作品を掲載したものが54頁、原告以外の「キング・クリムゾン」の構成員が制作に関与した作品を掲載したものが56頁、原告が「キング・クリムゾン」結成以前に在籍したグループ及び「キング・クリムゾン」に関連するグループの作品を掲載したものが8頁となっている。作品紹介において用いられているジャケット写真は187枚であるが、そのうち原告が「キング・クリムゾン」の構成員又は演奏者、プロデューサー個人として制作に関与した作品のジャケット写真は93枚である。また、作品紹介においては、原告を含む「キング・クリムゾン」の構成員の肖像写真が2枚、原告個人の肖像写真が3枚掲載されている。

人名辞典は、「キング・クリムゾン」に関連する人物63名(原告を含む)について、4行ないし60数行の解説を付したものである。

㈡ 争いのない事実1、2及び右㈠の事実並びに証拠(乙1、3の1、2)を総合すれば、本件書籍は、世界的に著名なロック・グループである「キング・クリムゾン」及び原告を含む右グループに関係する音楽家の作品についての情報を網羅的に収録し、これに右作品の解説、右グループの歴史についての記述及び右グループに関係する音楽家についての記述を加えることにより、「キング・クリムゾン」の歴史、構成員、作品等に関する様々な情報を集約した、いわば「キング・クリムゾン」及びその構成員に関する事典的な書籍としての性格を有するものであること、本件書籍が購入者として想定しているのは、それまで「キング・クリムゾン」についての知識を有していなかった者や、ある程度の知識は有していても愛好家といえる程の興味は有していなかった者というよりは、むしろ、「キング・クリムゾン」の愛好家として、レコード等の作品を所有・視聴するなど、右グループの歴史、構成員、作品等につき一定程度の知識・興味を有する者であること、かかる本件書籍の性格及び内容並びに想定される購入者層からすると、本件書籍における中心的な部分は、その頁数の大部分を占め、「キング・クリムゾン」の愛好家にとって最も資料的価値の高い作品紹介の部分であることが認められる。

㈢ 以上認定した事実に基づき、パブリシティ権の侵害行為の有無について判断するに、まず、本件書籍の題号は、世界的に著名なロック・グループである「キング・クリムゾン」のグループ名そのものを使用し、本件書籍の表紙、裏表紙、及び背表紙には、いずれも「キング・クリムゾン」の文字が大書きされ、同グループの著名なジャケット写真がデザインされていることからすると、本件書籍の装丁において「キング・クリムゾン」の名称やジャケット写真によって購入者の視覚に訴え、これを印象付ける体裁になっていることが認められる。

次に、本件書籍のうち12頁を占める伝記部分には、原告を含む「キング・クリムゾン」の構成員の肖像写真が5枚掲載されており、また、各作品紹介の扉部分のうち4頁に「キング・クリムゾン」の構成員及び原告個人の肖像写真が掲載されていることからすると、右部分においても、「キング・クリムゾン」の構成員及び原告の肖像写真を利用して、購入者の視覚に訴える内容となっていることが認められる。

さらに、本件書籍においては、その中心的な部分を占める作品紹介においては、すべての作品について「キング・クリムゾン」及び原告を含む右グループに関連する音楽家の作品のジャケット写真が、収録楽曲の題名及び演奏者名とともに掲載され、「キング・クリムゾン」のジャケット写真はすべてカラー印刷とされているのであり、特に、カラー印刷を施された「キング・クリムゾン」のジャケット写真は、そのグループとしての著名性及び作品の著名性からして、その作品を演奏する音楽家を直接的に印象付けるものと考えられるし、その他のジャケット写真についても、一緒に掲載されている収録楽曲の題名及び演奏者の記載とあいまって、その作品を演奏する音楽家を印象付けるものと考えられるのであり、作品紹介の内容は、「キング・クリムゾン」及び原告を含むその構成員のジャケット写真を利用することにより、購入者の視覚に訴え、その演奏家である「キング・クリムゾン」及び原告を含む右グループの構成員を印象付けて、販売の目的を達しようとする意図を認めることができる。

以上の考察によれば、本件書籍は全体として、「キング・クリムゾン」及び原告を含む右グループに関連する音楽家の氏名、肖像及びこれらの者の音楽作品のジャケット写真の有する顧客吸引力を重要な構成部分として成り立っていると認められる。

㈣ 争いのない事実2によれば、原告は、「キング・クリムゾン」の結成以来のリーダーであるとともに、構成員の交替や活動停止を繰り返した右グループの唯一の結成以来の構成員であり、原告以外に「キング・クリムゾン」の名称を使用した者が存在しないことからすると、「キング・クリムゾン」のパブリシティ価値は、原告のそれと大部分において重なるものと認められる。

さらに、前記㈠によれば、本件書籍のうち原告個人が演奏者又はプロデューサーとして製作に関与した作品を掲載したものが54頁に及んでいることからすると、本件書籍においては、「X」個人の氏名、肖像の有する顧客吸引力も利用したものと解することができる。

㈤ 以上によれば、本件書籍は全体として、本来、原告に排他的支配が認められている原告のパブリシティ価値を利用するものと解されるから、その出版に際しては原告ないし原告のパブリシティ価値をコントロールし得る立場にある者の許諾を得る必要があったものと解されるところ、本件全証拠によっても、本件書籍の出版に関与した関係者のいずれかが、その出版につき黙示的にせよ、かかる立場にある者の許諾を得たことを認めるに足りる証拠は存在しないから、本件においては、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、被告会社が原告に無断で本件書籍を出版し、被告Yが原告に無断で本件書籍の出版に関与した行為は、原告のパブリシティ権を侵害するものとして民法上の不法行為を構成するものと解すべきである。そして、右の行為は少なくとも過失によって行われたものと認められるから、被告らには、原告がこれによって被った損害を賠償すべき責任がある。

3 被告らの反論について

㈠ 被告らは、本件書籍は「キング・クリムゾン」ないし原告に関する情報を集約して公衆に伝達、周知させることを目的とするものであり、他者の商品等へ顧客の関心を引き付けるために「キング・クリムゾン」ないし原告の氏名、肖像が使用されている場合ではないから、本件書籍の出版は言論・出版の自由の範囲に属するものであると主張する。しかし、前記のとおり、本件書籍は全体として、「キング・クリムゾン」ないし原告の顧客吸引力を重要な構成部分として成り立っているものであり、氏名、肖像写真及びジャケット写真は、本件書籍へ購入者の関心を引き付ける機能を果たしているものと解されるから、本件書籍が「キング・クリムゾン」ないし原告に関する情報を集約して公衆に伝達、周知させることを目的とするものであったとしても、その出版が言論・出版の自由の範囲に属するものとして原告の許諾を要しないと解することはできず、被告らの右主張は理由がない。

㈡ 被告らは、本件書籍において掲載されているジャケット写真は、公表済みのレコード等のものであること、かかる写真は通常、音楽家からレコード販売店に対し、宣伝のために公表が許諾されているものであることを根拠として、ジャケット写真や肖像写真を本件書籍に掲載するに当たり原告の許諾を得る必要はないと主張するが、公表済みのレコード等のジャケット写真であっても、その無断使用がパブリシティ権の侵害になり得ることは前記認定のとおりであるし、原告が肖像写真について公表ないし使用を許諾していたとしても、それは「キング・クリムゾン」ないし原告のレコード等の作品の宣伝に使用する限りにおいて許諾したにすぎず、本件書籍における使用まで許諾したものではないと解するのが相当である。さらに、本件全証拠によるも、ジャケット写真や肖像写真を掲載した書籍を出版するに当たって、音楽家本人の許諾を得る必要がないとの音楽業界の慣習があるとは認められないし、本件書籍においてジャケット写真を用いたのは、書評において書籍の表紙写真を掲載するのと同様に慣行的なものであるとの被告らの主張及びジャケット写真をレコード店等における検索ないし購入の手掛かりとして掲載したとの被告らの主張は、いずれも採用の限りではない。

二 争点2について

1 被告会社が原告に無断で本件書籍を出版したことにより原告が被った損害額は、抽象的には、原告が本件書籍の出版に当たり、その肖像写真及びジャケット写真等の使用を許諾した場合に、原告が通常受領すべき金額に相当する額と解すべきである。そして、書籍の場合に著作者が得る印税は基本的には小売価格の10パーセント相当額であることは当事者間に争いがないところ、肖像写真及びジャケット写真等の使用を許諾した場合に通常受領すべき金額については、書籍の場合に著作者が得る印税額を一応の基準として考えるのが妥当である(なお、本件書籍については、著作者による著作部分も含まれていることが明らかであり、その意味において、著作者が得る印税額が一応の基準となるにすぎない。)。

2 そして、本件書籍の定価(1400円)及び複製数(5000部)を基準として計算すると、その10パーセント相当額は70万円となるが、前記1の事情、本件書籍においては、原告以外の「キング・クリムゾン」の構成員の写真や、右構成員が制作に関与した作品も掲載されていることなど諸般の事情を総合考慮し、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、本件書籍の無断出版による原告の損害額を40万円と認定するのを相当とする。

3 原告は、被告らに対する懲罰的観点も加えて損害額を認定すべきであると主張するが、原告の右主張は採用できない。

4 また、原告は、本訴における附帯請求として、損害賠償額に対する訴状送達の日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、本訴において被告らが原告に対して負担すべき債務は、不法行為に基づく損害賠償債務であって、右債務は商法514条所定の「商行為ニ因リテ生シタル債務」とはいえないものであるから、原告の右附帯請求は、民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度において認められるものと解すべきである。

三 印刷・販売の差止め及び廃棄請求について

前記のとおり、被告らによる行為が原告のパブリシティ権の侵害と認められることに加えて、弁論の全趣旨によれば、被告らは、本件書籍を販売することについて、あらかじめ原告の許諾を得る必要があるとは考えていないから、被告らは、将来も原告の許諾を得ることなく、その占有する本件書籍を販売するおそれがあるものと認められ、原告のパブリシティ権に基づき、本件書籍の販売を差し止めるとともに、その占有する本件書籍を廃棄する必要性が認められるが(仮執行については、相当でないからこれを付さないこととする。)、本件全証拠によるも、被告会社が将来も本件書籍を印刷するおそれがあることを認めるに足りる証拠はなく、販売の差止め及び占有する本件書籍の廃棄に加えて、印刷をも差し止める必要性があるとは認められないから、原告の、本件書籍についての印刷の差止めを求める請求は理由がない。

四 結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対する損害賠償のうち、40万円及びこれに対する被告会社については平成8年7月1日から、被告Yについては同月4日から、各支払済みまで年5分の割合による金員の支払、本件書籍の販売の差止め並びにその占有する本件書籍の廃棄を求める限度において理由があるから、これを認容し、被告らに対するその余の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第43部

裁判長裁判官
前田順司
裁判官
小久保孝雄
裁判官
日景 聡

書籍目録

題号
キング・クリムゾン
初版発行日
平成7年10月20日
発行人
Y
発行
株式会社エフエム東京
定価
1400円(本体価格1360円)



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