大阪工業大学・知的財産学部/知的財産研究科
このウェブ文書は,関堂がその本務校である大阪工業大学の知的財産学部および知的財産研究科(大学院)で担当する授業科目のうち,その成績評価について受講者より異議申立て(正式には「成績確認願」というようだ)がなされるなど,成績評価についてさらに説明を要すると思われるものについて,これを行うものである。
関堂が担当する授業科目(演習は除く)の成績評価は,通常,主たる判断材料としての試験またはレポート と 従たる判断材料としての平常点 とによって行っている。後者の「平常点」は,授業(講義)への参加の姿勢,内容に対する興味・関心,積極性,自分自身で考察しているかどうか等のさまざまな要素 ――試験・レポートでは判断できない要素―― を総合的に見て判断するものである。
ここで誤解のないようにしてもらいたいのは,「平常点」は「出席」ではないということである。そこに物理的に存在していたというだけでは,上記にあるような興味・関心や積極性があるとは到底認められない。この点は授業の中でも何度となく説明しているはずであるが,いまだに多くの受講生から理解が得られていないのは遺憾である。
以下の二科目は,この2008年度において,とりわけ厳しく評価した科目であるゆえか異議申立ても複数件あった。なぜこれらの科目を厳しく評価したのかというと,私自身が日記においても吐露しているように,両科目の受講生にはまったくと言っていいほど授業参加への積極的な態度が感じられず,また提出された答案においてもほとんどの者が教科の趣旨等を理解していないと思われたからである。
学部の講義科目であるが,まず言及しなければならないのは,多くの受講生がこの科目の趣旨を理解していなかっただろうと思われたことだ。授業の中でも折々に触れているように,この科目で取り上げるさまざまな問題は,すでにある知識を使って答えを出せばいいというものではなく,また一方の立場で見ればいいというものでもない。対立する複数の立場の視点から,あるいはそのいずれもから離れた客観的な視点から見て,考察することが肝要だ。しかしながら試験にあっても,本科目の趣旨をおよそ理解していないと思われる答案がほとんどであった。以下,大問ごとに詳しく述べる。
まず語句の説明の問題だが,ご存じのように私の行う試験は何でも(通信機器を含めて)持ち込み参照可であるため,こうした問題に対しては,しばしばウィキペディアその他のウェブ上の文書を参照して書き写す者が多い。しかしそもそもそうした記述の丸写しだけでは不十分であるからこそ問題として出しているのである。例えば “wiki” という言葉についてであれば,その言葉の技術的な意味だけでなく,“wiki” によって作成されたコンテンツの権利の帰属はどうなるか,ライセンスはどうかなどを(簡単ながら)説明して初めて十分な解答となる。そのことを理解していたと思しき者はほぼ皆無であった。
次に論述問題であるが,「著作権侵害になるか否か」だけを論ずるのであれば何もこの科目においてでなくてもよいはずだ。そんなことはすでに “著作権法” その他別途履修した科目で学んでいる。したがって考察が上記の段階までにしか至っていないものは解答として不十分である。私が繰り返し説いていたのは,正解のない問題であるという点だ。だからこそ自分で筋道を立てながら自由に考察して論じてもらいたいのである。それが理解できていないのは非常に遺憾である。
大学院における特論科目で,授業自体は講義形式であるが,「特論」に “Advanced Study” という訳が当てられていることからも察せられるように,その内容・形式は高度に専門的であるべきものだ。この科目についてまず最初に言っておかなければならないのは,非常にラディカルな言い方だが,ほとんどの受講生が大学院生として失格であると思われることである。
ただ授業の教室に来て目立たぬよう後方の席に座り,だまって担当者の話すのを聞いている(時として見受けられるのは船を漕ぐ姿だ)のが,専門職大学院の特論(Advanced Study)を受講するに相応しいものであるか,そもそも疑問に思わないのが不思議だ。特に学部から早期進学してきた者には,「学部で聴いたこととどうせ同じ話しかしない」となめてかかる輩もいるようで,仮に実際学部での授業と大学院の授業とで同じ話をする教員がいたとして,それでもその輩の考えが誤っていると言わざるを得ない。何となればその者は当該科目のその「何度も聴いた話」を自身で理解して他に伝えることができるのか? その教員よりもよく理解して内容を説明できるというなら話はわかるが,私の知る限りそんな立派な院生はいない。だから「10年早い」と言うのだ。なめるな!
およそ大学院における演習や講義は,まず必ず出席をして,しかも話を聞くだけでなく,自分自身で考察し,見解を述べてこそ意義があるものである(少なくとも私自身の大学院生活ではそうだった)。私としても,この意義なり理念に何とか近づけようと,大学院科目を担当するようになって以来腐心していて,小レポートやコメント・カードを活用するなどしているが,そうしたコメント・カードにしてもただ出しているだけの者が少なくなく,およそその趣旨・意義を理解していない院生がとにかく多い。まことに遺憾であると同時に,私自身も猛省する。
とにかく,成績の主たる判断材料であるレポートがコピー&ペーストによるものでないことはもちろんのこと,普段の授業でも積極的に参加・発言するかどうかが重要だ。コメント・カードについても,上記の趣旨というか由来からわかるように,あくまでこうした参加・発言を補助するものでしかない。ゆえに,コメント・カードでたいそうお利口ちゃんな知ったようなことを書いているよりは,積極的に発言して間違えるほうがよほどいい。しかし,とりわけ本科目の2限(昼)の授業はまさに通夜のようで,私から言葉を投げかけても何ら反応がなく,いつしか言葉を投げかけることも諦めたような次第で,まことに本年度のこの授業は苦痛であった。
以上が厳しい評価をなした所以である。
学部生で今般気になったのは,進級できるか否かがかかっているという者が多かった点である。わが本務校である大阪工大の知的財産学部は,卒業研究着手要件として合計100単位の取得を掲げており,要するに3年生の学年末までに100単位を取得できていないと4年で卒業できないことが確定する,というわけである。文系の学部としては頗る珍しい制度ではあるが,教員・学生ともに制度の存在は知悉していて,やはり今般も,100単位に達しないとして私のところに泣きついてくる3年生の学生がいた。その中で特に違和感を覚えたのが,私の担当科目だけでなく他の科目の単位も取得できないと達しない,つまり96単位とか94単位しか取れていない者があったということだ。98単位取得済みで,「あとは先生の科目だけなんです」というなら(百歩譲って)まだ話がわかる。しかし複数科目をどうにかしないといけない時点で,もはやダメだろう。それでも何とかなるのではないかと思っているところに,認識の甘さがあると言わざるを得ない。
それともう一つ,異議申立て(何度も書くように正式には「成績確認願」というが,その性質は異議申立てにほかならない)においては,授業担当者へのメッセージというかコメントを書くことができ,回覧される書類によって担当者はそれを直接目にすることができる。今般に限らずこのコメントで面白いのは,「納得がいかない」という異議がしばしばあることである。私は,成績評価は合理的でなければならないが,受講生が納得しなければならないものとは思っていない。理不尽と思われようが結構である。「納得がいかない」として異議申立てをすること自体が誤っているのだと認識すべし(強いて言うと,「○○の観点から合理性がないと思われる」とコメントするのはまだ筋が通ると思うが。)。
……というか,そもそも異議申立制度自体,他の学校では聞いたことがないがね(水面下で交渉されることはあっても,正式な手続として定められているのはこの本務校で初めて見た。)。
今回落第点をつけられた受講生にしてみれば誠に運がなかったなどと思われるかもしれないが,私としては上記のように根拠をもってなしたことであり,何ら憚るところはない。そしてこれは私の教育のポリシーとも通ずるものであるから,今後もこの姿勢を変えるつもりはない。次年度再履修することとなる者も,新たに履修する者も,この点をしっかり理解して受講し,勉学に取り組んでいただきたい。
以上
(2009年3月6日)