コンテンツ知的財産論 (大阪工業大学・知的財産学部)
高度情報化社会における権利侵害の主体およびその責任について考察する。
上記 ⑵-Ⅱ-ⅱ に定める手続を “notice, notice and takedown” という。すなわち,被害主張者からの申し出(最初の notice)と発信者への照会(二番目の notice)を経てから送信防止措置(=情報の削除,takedown)をするという意味である。なお米国では,特にネットワーク上での著作権侵害の問題については,被害主張者からの申し出を受けてまずは情報を削除する(発信者との関係は後に処理する)ことで被害主張者に対する免責となる “notice and takedown” の手法が採られている。
原告X₁は漫画家であり,原告X₂は出版社(小学館)である(以下両原告をまとめて「Xら」ということがある)。被告Yはインターネット上の匿名電子掲示板「2ちゃんねる」(以下「本件掲示板」という)の運営者である。
X₂は,平成 14年 4月ころ,X₁の著作にかかる漫画を題材とした書籍(以下「本件書籍」という)を出版した。本件書籍にはX₁が参加した 2本の対談記事(以下「本件対談記事」という)が収録されており,その著作権はX₁とX₂が共有している。他方,Yの運営する本件掲示板においてはX₁に関するスレッド(話題ごとに作成される一連の発言で,一定の発言数に達すると書き込めなくなり,その後一定期間を経過すると「過去ログ」として閲覧できる)(以下「本件スレッド」という)がかねてより存するところ,本件掲示板利用者によって,平成 14年 5月 3日 1時 30分ころから同月 13日 22時 30分ころまで数十回に渡って断続的に,本件スレッドに本件対談記事の内容が書き込まれた。
そこでXらは,本件対談記事が無断で転載されたことにより,Xらの送信可能化権,公衆送信権が侵害されたと主張し,Yに対し,当該対談記事の送信可能化及び自動公衆送信の差し止め(具体的には本件スレッド過去ログからの削除)を求める(著作権法 112条 1項)とともに,X₂の削除要請にもかかわらずYが当該対談記事の削除を怠ったことでXらに損害が発生したと主張して損害賠償を請求(民法 709条)した。
請求棄却。
Ⅰ 著作権法112条1項……に規定する差止請求の相手方は,現に侵害行為を行う主体となっているか,あるいは侵害行為を主体として行うおそれのある者に限られると解するのが相当である。……著作権について,〔間接侵害を認める〕規定を要するまでもなく,権利侵害を教唆,幇助し,あるいはその手段を提供する行為に対して,一般的に差止請求権を行使し得るものと解することは,……差止請求の相手方が無制限に広がっていくおそれもあり,ひいては,自由な表現活動を脅かす結果を招きかねないものであって,到底,採用できない〔。〕本件各発言について送信可能化を行って本件各発言を自動公衆送信し得る状態にした主体は本件発言者であって,Yが侵害行為を行う主体に該当しないことは明らかである〔から,〕Xらは,Yに対して本件各発言の送信可能化又は自動公衆送信の差止めを請求することはできないものというべきである。
〔本件電子掲示板にあってはYに対する差止請求を認めなければ著作権侵害に対する救済を欠くことになるとのXの主張に関し,〕著作権侵害に限らず,匿名で権利侵害を行っている者に対して差止請求を認めるべきかどうか,認めるとしてどのような方法で差止めを可能ならしめるかは,基本的には立法政策の問題であって,電子掲示板における表現において,匿名での権利侵害行為がなされたからといって,侵害の主体ということができない電子掲示板の設置者ないし自動公衆送信装置の設置者に対して,特段の法規上の根拠も要することなく,差止請求権を行使することができると解することは,到底できない。殊に,憲法上自由な表現活動が保障されている下においては,表現活動に対する抑制行為は厳に謙抑的であることが求められるものであり,このような点に照らしても,Xらの主張するところは,差止請求の相手方を解釈によって無制限に拡張することにつながるもので,到底採用することができない。
ちなみに,……〔プロバイダ責任制限法〕施行後にYが送信防止の措置を講じた場合においては,〔同法3条2項〕が適用となる余地はある。もとより,同項の規定は……特定電気通信役務提供者に対して送信防止措置をとるべき義務を課しているものではないが,……〔認定事実の下では,本件は〕プロバイダ責任制限法3条2項各号に規定するいずれの場合にも該当せず,送信防止措置を講じたことにつき同規定により発信者に対する損害賠償責任が免責される場合には当たらないものと解される。この規定の趣旨は,本件においても尊重するのが相当であるところ,……送信可能化又は自動公衆送信の防止のための措置をとったことにつき発言者からの責任追及を受けるおそれなしとしない状況の下において,Yに送信可能化又は自動公衆送信を止めるべき信義則上の義務があったということもできない。
Ⅱ ……本件において,Yは著作権を侵害した者に該当しないのであるから,Yによる著作権侵害を理由とするXらの〔損害賠償〕請求は理由がな〔い。また条理上の作為義務を根拠とするXらの主張については,〕インターネット上において……電子掲示板開設者等……は,基本的には,他人が送信した情報について媒介するという限度で情報の伝達に関与するにすぎない〔から,〕電子掲示板開設者等は,他人が行った電子掲示板への情報の書き込み,あるいはウェブページ上における表現行為が,著作権法上,複製権,送信可能化権,公衆送信権の侵害と評価される場合であっても,電子掲示板開設者等自身が当該情報の送信主体となっていると認められるような例外的な場合を除いて,特段の事情のない限り,送信可能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき作為義務を負うものではない。
〔本件においては,X₂の編集者の〕電子メールによる要請だけでは,真正な著作権者からの申告かどうかも明らかでなく……同電子メールの内容も,具体的に著作物の内容を示した上でどの部分が著作権侵害かを特定して申告するものでもなく,仮にYが,同電子メールによる権利侵害との申告を軽信して,著作権侵害かどうかの判断を誤って過剰に発言を削除した場合には,かえって,書き込みをした者から非難されるおそれがあること,自由な表現活動を保障する観点から他人の表現行為について第三者が介入することには慎重さが求められるべきであることも考慮するならば,この程度の内容の電子メールを受け取ったからといって,Yにおいて権利侵害の事実を知っていたか,あるいはこれを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があったということはできず,送信可能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき特段の事情があったとは認められない。ちなみに,……Yが条理上の作為義務を負うものかどうかを判断するに当たっては,〔プロバイダ責任制限法3条1項〕の規定の趣旨を尊重するのが相当であるが,上記に認定したとおり,Yにおいて,Xらの権利侵害の事実を知っていたということはできないし,権利侵害の事実を知ることができたとも認められないのであって,同規定の下においても,YがXらに対して損害賠償責任を負い得る場合には当たらないものというべきである。
原判決取り消し。一部認容。
インターネット上においてだれもが匿名で書き込みが可能な掲示板を開設し運営する者は,著作権侵害となるような書き込みをしないよう,適切な注意事項を適宜な方法で案内するなどの事前の対策を講じるだけでなく,著作権侵害となる書き込みがあった際には,これに対し適切な是正措置を速やかに取る態勢で臨むべき義務がある。掲示板運営者は,少なくとも,著作権者等から著作権侵害の事実の指摘を受けた場合には,可能ならば発言者に対してその点に関する照会をし,更には,著作権侵害であることが極めて明白なときには当該発言を直ちに削除するなど,速やかにこれに対処すべきものである。
〔事実認定から明白かつ深刻な態様の著作権侵害である本件にあっては,〕Yとしては,〔X₂の編集者〕からの通知を受けた際には,直ちに本件著作権侵害行為に当たる発言が本件掲示板上で書き込まれていることを認識することができ,発言者に照会するまでもなく速やかにこれを削除すべきであったというべきである。にもかかわらず,Yは,上記通知に対し,発言者に対する照会すらせず,何らの是正措置を取らなかったのであるから,故意又は過失により著作権侵害に加担していたものといわざるを得ない。
以上……から,Yは,著作権法112条にいう「著作者,著作権者,出版権者…を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に該当し,著作権者であるXらが被った損害を賠償する不法行為責任があるものというべきである。なお,著作権者が発言者に対して著作権侵害に係る発言の削除の要請をするのが容易であるならば,掲示板の運営者が著作権侵害をしていると目すべきでないこともあり得ようが,本件掲示板においては,発言者の実名,メールアドレスなどの発信者情報を得ることはできず,本件各発言の削除要請が容易であるとは到底いうことができない。