www.sekidou.com

民法 V 〔家族法〕 (北陸大学・法学部・法律学科)

補遺 人工生殖子の問題

付記: この講義録補遺は,小野幸二 「人工生殖における親子関係」ケース研究 248号 2頁を参考にしてまとめたものです。


人工生殖子とは

「人工生殖子」とは,人工授精,体外受精等の人工生殖によって生まれた子をいいます。「人工生殖」においては精子・卵子・受精方法・分娩者などの組み合わせによってさまざまなケースが存在しうるのですが,特に不妊治療としてに実施される人工生殖の類型には,主に,(1)人工授精,(2)体外受精胚移植,そしてこれらの技術を施して代理母に出産してもらう(3)代理母出産があり,これらの類型をさらに詳細に説明すると以下のようになります。

(1)-1 配偶者間人工授精
夫の精子を妻の子宮に送り込んで妻の卵子と受精させる方法 (AIH
(1)-2 非配偶者間人工授精
夫以外の男性(精子ドナー)の精子を妻の子宮に送り込んで妻の卵子と受精させる方法(AID
(2)-1 配偶者間体外受精
夫の精子と妻の卵子を体外受精させ,その受精卵(または配偶子,接合子)を妻の胎内に移植して妻が出産する方法
(2)-2 精子養子型体外受精
夫以外の男性(精子ドナー)の精子と妻の卵子とを体外受精させて妻が妊娠・出産する方法
(2)-3 卵子養子型体外受精
夫の精子と妻以外の女性(卵子ドナー)の卵子とを体外受精させて妻が妊娠・出産する方法
(2)-4 胚養子型体外受精
夫以外の男性(精子ドナー)の精子と妻以外の女性(卵子ドナー)の卵子とを体外受精させて,その受精卵を妻の胎内に移植して妻が出産する方法
(3)-1 人工授精代理母出産
夫の精子を他の女性に人工授精し,その女性に妊娠・出産してもらう方法(当該他の女性が卵子ドナーと出産代理母の両方を兼ねる)
(3)-2 配偶者間体外受精借り腹代理母出産
当事者夫婦の妻の卵子と夫の精子を体外受精させ,その胚を他の女性の子宮に移植して妊娠・出産してもらう方法(いわゆる「借り腹」)
(3)-3 非配偶者間体外受精代理母出産
夫の精子と他の女性(卵子ドナー)の卵子を体外受精させ,当該ドナーに妊娠・出産してもらう方法
(3)-4 卵子養子型体外受精借り腹代理母出産
夫の精子と他の女性(卵子ドナー)の卵子を体外受精させ,卵子ドナーではない第三の女性に妊娠・出産してもらう方法
(3)-5 精子養子型体外受精借り腹代理母出産
夫以外の男性(精子ドナー)の精子と妻の卵子を体外受精させ,他の女性に妊娠・出産してもらう方法
(3)-6 胚養子型体外受精借り腹代理母出産
夫以外の男性(精子ドナー)の精子と妻以外の女性(卵子ドナー)の卵子とを体外受精させ,第三の女性に妊娠・出産してもらう方法

注1) 体外受精の方法としては,(a)卵子を取り出して体外(試験管内)で受精させてできた胚(受精卵)を,細胞が 4~8分割するまで培養したのち子宮に戻すという体外受精・胚移植法IVF + ET)が最も一般的であるが,ほかに (b)体外に取り出した卵子と精子を混合させて卵管に戻す配偶子卵管内移植法GIFT),(c)卵子と精子を受精させた初期の段階で接合子を卵管に戻す接合子卵管内移植法ZIFT),(d)顕微鏡を用いて卵に穴を開け直接精子を送り込んで受精させる顕微授精microinsemination),(e)精巣(睾丸)から直接採取した精子を卵子内部に直接注入して受精させる卵細胞内精子注入法ICSI)などがある。

注2) わが国では,体外受精(上記 (2)-1~4)については日本産科婦人科学会のガイドラインが存在し((1)の人工授精については特に規制されていない。),これによって配偶者間体外受精((2)-1)のみが認められているが,近時非配偶者間体外受精について規制が見直されつつある。もっとも,非配偶者間体外受精や代理母出産がすでに認められている外国においてこれを行う日本人もないわけではない。

これらの各類型については精子・卵子そして子宮が当事者夫婦本人のものか第三者のものかによって,法律上親子関係をどうするかという問題が浮かび上がってきます。

人工生殖と法律上の親子関係―その決定要因

例えば AID(上記(1)-2)の場合,遺伝上(血縁上)の父は精子提供者ということになりますが,それでは依頼夫婦の夫が父たりえないということになってしまいます。これが(3)-4になるとさらに複雑で,遺伝上の母は卵子提供者(ドナー)ですが,出産した母は代理母ですし,育てようとしている母は依頼夫婦の妻ということになるのです。ここで,法律上誰を人工生殖子の親として扱うべきかが問題となるわけです。

人工生殖の親子関係を決定づける要因としては,(a)遺伝子(血縁),(b)出産(分娩)(ただし母子関係のみ),(c)意思(企図)および (d)子の最良の利益という 4つがあると考えられます。基本的には,これらの要因に誰が関わっているかを総合的にみることで法律上の親子関係を決定するのですが,このうち (d) の「子の最良の利益」は最も重視され,最優先されるべき高位準則(meta-rule)であると考えられます。これを除いた (a)(b)(c) の 3要素では,(c) の「意思」が重視されると解することができますが,だからといって (a)(b) の両要素が同一人にある場合はそちらを無視して (c) のみを考慮するということもできないといわざるをえません。

結局のところ,人工生殖ないし代理母出産による子の親子関係を決定するにあたっては,決定要因である血縁,出産,意思の 3要素およびその濃淡を基準にしながら最大限意思を重視し,究極的には子の最良の利益を考慮して具体的に判断すべきであるといえましょう。では具体的に,この基準に照らし合わせて,各類型ごとに人工生殖の親子関係をどう考えるのが妥当なのか,以下に整理してみましょう。

人工生殖の各類型における親子関係問題

(1)-1 配偶者間人工授精(AIH

ここで用いられる精子・卵子はいずれも当事者夫婦のもので,出産は夫婦の妻,意思も夫婦にあるということになりますから,(a)(b)(c) いずれの要因も当事者夫婦にあるといえます。したがってここでは誰が親かという問題は特に存在しないといえます。

ただ,夫の精子を冷凍保存しておいてその死後に人工授精したような場合は,その夫と子の間に父子関係があるかどうかという問題を生じます。しかし,このような場合に父子関係を認めることはいたずらに相続争いを招くことにつながりかねません(もっとも,いまだ受精していない状態をもって相続人たる胎児とみることができるかという問題もあります。)し,現行法上「婚姻中に懐胎した」(民772条)と解するには無理がありますので,父子関係は存在せず,非嫡出の母子関係のみが存在すると考えるのが妥当でしょう。

なお,アメリカの「技術援助により妊娠した子の地位に関する統一法」,スペイン法,フランス民法においては,上記のような冷凍保存精子を用いた人工生殖の父子関係を否定する立場を採っています。

(1)-2 非配偶者間人工授精(AID

AID においては,精子提供者(ドナー)に (a) の要因があり,他方依頼夫婦の夫に (c) の要因が存在して,法律上の父子関係がどちらに存するのか両者が対立します。また,AID が夫の同意を得ずになされた場合にも問題を生じます。

AID が夫の同意を得てなされた場合,通説は,子が夫の嫡出子(民法772条の推定が及ぶ嫡出子)となると解しています(同旨の裁判例として東京高決平10・9・16家月51巻3号165頁)。したがって,親子関係決定要因の (c) が存在し,かつ高位準則たる (d) の点でみても単なる精子提供者(それが金銭的対価をもってなされたのであればなおさら)を父とみるよりは,当事者夫婦の夫を父と考えるべきでしょう。

一方,AID が夫の同意を得ずになされた場合においては,夫は嫡出否認の訴え(民774条・775条)を提起して自らの父性を否定することができるといえます(なお,同意を得た AID においては,同意を民法776条にいう「承認」と擬制することによって夫から嫡出を否認することができないと解されます。)。また,夫の長期不在中に妻が夫の同意を得ずに AID を行って懐胎したときのように,父子関係がないことが明白な場合には,その子を「嫡出推定の及ばない子」として,父子関係不存在確認の訴えを提起することができるでしょう。

(2)-1 配偶者間体外受精, (2)-2 精子養子型体外受精

これらはそれぞれ,前者を AIH((1)-1),後者を AID((1)-2)に準じて考えればよいでしょう。すなわち,原則としていずれの場合も,子は当事者夫婦の嫡出子になると考えられます。なお,(2)-2 においてドナーの精子を用いることに夫が同意していない場合は,やはり AID と同様に嫡出否認等の問題を生じるといえます(もっとも,夫以外の男性の精子を用いて体外受精を行うことが現在わが国で認められていない点は前述のとおりです。)。

(2)-3 卵子養子型体外受精, (2)-4 胚養子型体外受精

前者の場合,親子関係決定要因のうち (a) の「遺伝」が卵子ドナーにあり,母子関係が問題となります。しかし,他の (b)(c) は当事者夫婦の妻にあるわけですから,これをもって法律上の母とすることができるでしょう(それがまた (d) をも充足すると考えられます。)。この考え方は,「母子関係は分娩の事実によって当然に発生する」とした従来の判例(最判昭37・4・27民集16巻7号1247頁)にも沿うものだといえます。また,後者の場合は父母ともに子との関係が問題となりますが,父については前記 (2)-2 と同様に,母については同じく (2)-3 と同様にそれぞれ考えて,子は当事者夫婦の嫡出子となると解するべきでしょう。

(3)-1 人工授精代理母出産, (3)-3 非配偶者間体外受精代理母出産

この場合,父子関係については AIH と同様に捉えて当事者夫婦の夫としてよいでしょう。母子関係について,親子関係決定要因の (a)(b) 両方を有する代理母を無視することはできず,代理母を法律上の母と解するほかないでしょう(前記昭和37年最判参照。)。そして,虚偽の嫡出子出生届に認知の効力を認めつつも養子縁組の効果を認めない従来の判例(認知効につき最判昭53・2・24民集32巻1号110頁,縁組効につき最判昭25・12・28民集4巻13号701頁)に鑑みれば,代理母出産によって生まれた子については,当事者夫婦が直接嫡出子出生届を出すことは困難といわざるをえず,代理母と依頼当事者夫婦の夫との非嫡出子ということになりますから,まず当該夫がその子を認知する(民779条)必要があり(それ以前に,もし代理母が既婚者であればその代理母の夫から嫡出否認等の嫡出推定を覆す手段を施してもらわなければなりません。),そののちに当事者夫婦と代理母との間で養子縁組(代諾縁組,民797条)をすることで,晴れてその子は依頼した当事者夫婦の嫡出子ということになります。

なお,(3)-1 の人工授精代理母に関しては,アメリカで,代理母が依頼夫婦への子の引き渡しを拒んだことから訴訟になったケースがあります。“Baby M”事件と称されるこの有名な裁判(In the Matter of Baby M, 217 N.J.Super. 313, 525 A. 2d 1128 (1987), aff'd in part, rev'd in part, 109 N.J. 396, 537 A. 2d 1227 (1988), 225 N.J.Super. 267, 542 A. 2d 52 (1988))において,1998年ニュー・ジャージー州最高裁は,金銭授受を伴う代理母契約を制定法および公序良俗違反で無効であるとし,Baby M の父は依頼夫婦の夫,母は代理母である(代理母の親権は終了していない)としつつ,監護権については「子の最良の利益(the best interests of the child)」の基準に従って依頼夫婦に与え,子の依頼夫婦への引き渡しを命じました。

(3)-2 配偶者間体外受精借り腹代理母出産

この方法では,当事者夫婦の妻に (a)(c) ふたつの要因があることから,その妻を法律上の母と解したいところです。そうすると当事者夫婦は子を自分たちの嫡出子として出生届をすることができるのですが,医師(その他助産婦等)の立会いのもとで出生があった場合は,出生届をするために当該医師等に出生証明書を作成してもらう必要があり(戸49条3項),実際に出産をしない(出産は代理母がするわけですから)依頼当事者夫婦の妻がこれを作成してもらうのは相当困難であると思われます。もし今後借り腹代理母出産を医学上認めるとすればいずれは立法による解決が必要になるでしょうが,現段階でこのような方法により生まれた子を夫婦が確実に自分たちの嫡出子にしたいというのであれば,養子縁組によるほかありません。

1990年(判決は1993年)の米国カリフォルニア州におけるジョンソン対カルバート事件(Johnson v. Calbert, 5 Cal. 4th 84, 19 Cal. Rptr. 2d 494, 851 P. 2d 776 (Cal, 1993); 286 Cal. Rptr. 369 (Cal. App. 1991))はこの類型に当てはまるものですが,同州最高裁は依頼夫婦の妻を子の母と認めました。すなわち,「誰が母なのかを決めるに当たっての決定的な要素は,誰が自分の子供として育てる意志(intent)で子供の出生に関わったか」ということであるとして,依頼主であるカルバート夫妻が子の遺伝上・生物学上の自然母・自然父であり,代理母は子のホスト役,里親かベビー・シッターのようなものであるという下級審の判断を支持したのです。もっとも,これとは別のニューヨーク州家庭裁判所の判決(In re Andres.,(N.Y. FamCt. 1993) 19 FLR 1159 (1993))には,この類型の人工生殖子について依頼夫婦の妻を母と認めなかったケースもあり(ただし養子にする方法はあるとした),必ずしも態度が一致しているとはいえません。

(3)-4 卵子養子型体外受精借り腹代理母出産

ここでは,卵子ドナーに (a),代理母に (b),依頼した当事者夫婦の妻に (c) というように,3要素が別々の者に存在します。3要素では (c) の意思が重視されるべき点は前述したとおりですが,従来の分娩の事実を重んじる立場からすると,(b) の妊娠・出産をした代理母を法律上の母と解せざるをえません(前記 (3)-1 参照)。したがって,当事者夫婦が子を自分たちの嫡出子とするには,やはり養子縁組によるしかありません。なお,卵子ドナーについては,AID における精子ドナーと同様に捉えて母性を否定すべきでしょう。

(3)-5 精子養子型体外受精借り腹代理母出産

この場合では,(a)(c) の要素を備える当事者夫婦の妻を法律上の母とみるべきでしょう。しかし,AID の場合と異なり,妻が実際には妊娠・出産をしないわけですから,その夫を父と解するのは現行法では難しいといわざるをえず(民772条参照),したがって精子ドナーを父と考えるほかありません。精子ドナーが不明であったり,匿名とされて知りえないような場合には,実質的に当事者夫婦の夫を父と考えることもできますが,直接当事者夫婦から出生届をすることは困難です(届け出たとしても虚偽の届出となります。)から(前記 (3)-2 参照),当事者夫婦と代理母との養子縁組によることを妥当とせざるをえません。

(3)-6 胚養子型体外受精借り腹代理母出産

この場合,父についても母についても,(a)(b)(c) の要因がバラバラに存在します(ただし (b) は母についてのみ。)。このような人工生殖自体も稀でしょう(日本でも自主規制によって禁止されているところですし)が不可能とはいえませんから,考慮する必要はあります。これは,従来の民法の立場に沿えば,やはり法律上の母は産みの母,すなわち代理母であると解するべきでしょう(前記 (3)-4 参照)。また父は,(3)-5 と同様に精子ドナーと解せざるをえません。したがって,このような方法で生まれた子については,まず代理母が法律上は父のない(精子ドナーが不明・匿名の場合は特に)非嫡出子として出生届をし,そののち依頼した当事者夫婦と代理母との間で養子縁組(代諾縁組)することによって,当事者夫婦の嫡出子とすることができると考えられます。

立法的解決と規制

以上,人工生殖の類型ごとに親子関係を検討してみたわけですが,これらはあくまで外国法制や外国の判例を参考にしつつわが国の現行法の解釈をしたまでであり,これが正しい理解であるか,また妥当な結果が導き出せるかは大いに疑問としなければならないところでしょう。結局のところ,こうした問題については立法による解決を待たざるをえないということになります。しかし,親子関係(誰が父であり母であるのか)だけを立法によって定めるだけでは,例えば精子ドナーや卵子ドナー(子の遺伝上の父母)について子が知る権利を有するのかなどの問題を残すこととなり,こうした点にも配慮することが肝要と思われます。

一方で,これら技術的に可能な人工生殖について,特に倫理面から法的規制をする必要があるかどうかという問題も浮かび上がってきます。現在わが国では,立法はもちろん政府レベルでのガイドライン等もいまだないような有様で,わずかに体外受精について前述した日本産科婦人科学会の自主規制があるのみです。また,最近になって,従来当事者夫婦(配偶者)間のみに限られていた体外受精につき,当事者の一定の親族の精子・卵子をも使用できるようにしようという動きもあることは,よく知られているところです。とはいうものの,この規制はあくまで医師等を自主的に律するものでしかなく(もちろん,場合によっては資格の剥奪等もあるでしょうが。),やはり,どのような場合(どの程度の不妊)に対して人工生殖が認められるか,どのような方法による人工生殖が認められるか,あるいはこれに違反した医師等にどのような刑罰が科せられるかなどを規定する法律として,対世的なルールを作ることが期待されています。

確かに,他人の精子・卵子を用いることや借り腹出産に対しては,我々の国民感情と相容れない部分もあるでしょうが,他方不妊に苦しみながら自分たちの子を儲けたいとせつに願う人々も数多く存在し,ときに(法的に認められている)海外で人工生殖を行う場合もあるわけです。生命倫理を重んじる人々のためにも,またわが国において安心して人工生殖子を儲けられることを望む不妊夫婦のためにも,早急に明確なルールを作ることが望まれるところではないでしょうか。




2,529,914

http://www.sekidou.com/
制作者に連絡する