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著作権法 (東京情報大学・総合情報学部・情報文化学科)

第3講 著作権の客体

  1. 著作物とは何か
  2. 非著作物の保護
  3. 著作物性の判断

著作物とは何か

それではまず,著作権の対象である著作物とはどんなものかについて,見ていきましょう。

著作権法は,著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と抽象的に定義しています。この文言を細分しますと,著作物とは「思想・感情」の「創作的」な「表現」でなければならず,そしてそれが「文芸・学術・美術・音楽の範囲に属」している必要があるということになります。すなわち,これらの要素のいずれかひとつでも欠ければ,それは著作物たりえないということです。では,右の各要素を具体的に整理してみましょう。

まず著作物は,人間の「思想・感情」によらなければなりません。「思想・感情」というと,何やら特別なイデオロギーを持った思想的なものであったり,あるいは喜怒哀楽の感情を強く表現しなければならないような印象を受けるかもしれませんが,それほど大袈裟なものではなく,要するに人間の知的活動によるものだという意味あいです。もう少し優しい言葉でいい換えれば,「考えや気持ち」と表せるでしょうか。別段思想的・感情的なメッセージを込めず気持ちの赴くまま筆を走らせたのだとしても,十分にこの要件を満たし得るのです。

次に著作物は,「創作的」でなければなりません。「独創的」という表現もできるでしょう。すなわち,著作物には何かしらクリエイティヴな要素やオリジナリティが必要だということです。しかし,「創作的」「独創的」とはいうものの,特に奇抜であるとか,前衛的であるという必要はありません。「創意・工夫」という程度でもこの要件を満たし得ます。逆に,誰が表現しても同じになってしまう場合,例えば,単なる事実を簡潔に述べた文章のような場合は創作性がなく,その表現は著作物とはいえないということになります。

また,著作物は具体的な「表現」でなければいけません。アイディアとしていまだ頭の中にあるだけで表現されていないものは著作物たりえませんし,また,著作物たる表現の根底にあるアイディアや表現の様式(フォーマット)・雰囲気・印象(イメージ)にまで著作権が及ぶわけでもありません。巷では,「アイディアを文章に記してそれを著作権登録しておけば,そのアイディアが保護される」というようなことを嘯いているものや,そのような登録を業として行っている民間団体(多くの場合は公的団体と紛らわしい名称を用いています。)もあるようですが,これは誤った情報です。

そして後段の「文芸・学術・美術・音楽の範囲に属する」というのは,要するに「文化的情報」であるという意味であって,どの範囲に属しているか明確でなければならないというわけではありません。では具体的にどういった種類の著作物があるかといいますと,著作権法10条には――

  1. 言語の著作物(小説,脚本,論文,講演等)
  2. 音楽の著作物
  3. 舞踊・無言劇の著作物
  4. 美術の著作物(絵画,版画,彫刻等)
  5. 建築の著作物
  6. 図形の著作物(地図,学術的な性質を有する図面,図表,模型等)
  7. 映画の著作物
  8. 写真の著作物
  9. コンピュータ・プログラムの著作物

――が掲げられています。もっとも,これらはあくまで著作物の具体的な例であって,これらのいずれに属するかは重要ではありませんし,右のうちの2つ以上が混在している著作物というのも存在します(例えば歌謡曲についていえば,その歌詞は言語の著作物ですし,楽曲は音楽の著作物であるといえます。)。要するに,前述の抽象的な要件を満たせば,具体的な9種類のどれかに分類できなくとも著作物であるということになります。

また,これら一般の著作物とは別に,「編集著作物」と「データベースの著作物」があります。すなわち,素材(それが著作物であるか否かは問われません。)の選択または配列によって創作性を有する編集物(ただし,「データベース」に該当するものは「データベースの著作物」となりうるので,この「編集物」からは除かれます。)は,「編集著作物」として(著12条)その編集物全体が著作権の客体となります。また,情報(論文,数値,図形等)の選択または体系的な構成によって創作性を有するデータベースは,「データベースの著作物」として(著12条の2)そのデータベース全体が著作権の客体となります。ここに「体系的な構成」というのは,データベースに含まれる情報をコンピュータを用いて検索しうるようにすることをいいます。

ところで,「芸術性」や「有用性」と「著作物性」とを結びつけて「芸術的・有用でなければ著作物とはいえない」とか「芸術性・有用性が高ければ高いほど著作物性が強い」というような考えを持っている人をしばしば見受けますが,これは大きな誤解です。たしかに,芸術性が高ければそれだけ文化的な価値は高いといえるでしょうし,有用性が大きくより多くの人の支持を得ればそれだけ作品が生み出す経済的利益も大きくなるでしょう。しかし,そのことと著作物性とは関係ありません。著作物か否かを決するのは,あくまで「思想・感情の創作的な表現」であるか否かという一点にあるのです。

非著作物の保護

著作物と切っても切れない関係にありながらも,それ自体は著作物たりえないものがあります。「アイディア」(例:推理小説のトリックに関するものなど),「技法・技巧」(例:特異な楽器の奏法やテクニックなど),「キャラクター」といったものがその例ですが,一般にはこれらを「著作物」と混同してしまう人が少なくありません。著作物は,上記のように,あくまで「表現」でなければなりません。アイディアや技法・技巧は,「表現のベースになるもの」であったり「表現をなすために必要なもの」でありこそすれ,それ自体は表現ではありません。ゆえに,これらのものに直接著作権法の保護が及ぶことはありません(学説ないし学問上のアイディアのプライオリティが権利として保護されるものではないと判示した例として,東京地判平4・12・16判時1472号130頁および大阪高判平6・2・25判時1500号180頁を参照。)。

ただし,特に「キャラクター」に関しては,以下に述べるように,これを(直接ではないにしても)著作権法によって保護しようという法理がほぼ確立しています(ちなみに「キャラクター」とは,漫画,アニメーション,小説などに登場する人物や動物などについて,その名称,姿態,容貌,性格,役柄その他の特徴の総体として,読者等によって一定のイメージ(印象)として感得されるもの,また,そのようなイメージを生成するものとして創作されたものをいうと解されます。)。

キャラクターを具体的に表す場としての漫画,小説,イラストレーション,アニメーションなどは「表現」すなわち著作物であるといえます(著2条1項1号参照)が,キャラクターそれ自体は「イメージ」であって具体的「表現」ではありませんから,上記説明のように,著作物であるとはいえません(大阪地判昭59・2・28無体例集16巻1号138頁「ポパイ・マフラー事件」,最判平9・7・17民集51巻6号2714頁「ポパイ・ネクタイ事件上告審」)。しかしながら,あるキャラクターを表現した著作物の著作権者(ないし複製権者)に無断で,そのキャラクターの本質である姿態,容貌などを利用して別の表現をなすこと(=キャラクターの無断利用)は,それが原作品の具体的表現をそのまま複製したのではなくとも,著作権(複製権・翻案権)侵害となると解されています(東京高判平4・5・14判時1431号62頁「ポパイ・ネクタイ事件控訴審」)。

著作物性の判断

それでは,ある作品(ないし文化的情報)が著作物であるかどうか,すなわちそれが「思想・感情の創作的な表現」であるかどうかは,いったい誰が判断するのでしょうか。創作者自らが「これは著作物だ」と主張し,あるいはそう思っていればよいのでしょうか。それとも著作権の登録をしておけばよいのでしょうか。―結論からいえば「否」で,これは主観的に決しうるものではなく,客観的に判断されるのです(たしかに登録制度はあるのですが,これについてはまた機会を改めて詳しく説明する予定です。)。

では誰がこれを判断するのかといいますと,最終的には裁判所ということになります。すなわち,自分がある著作物の著作権を有しているかどうかの確認を求めたり,自らの著作権が他人に侵害されたとして当該他人に差止請求や損害賠償請求をするといったような具体的な(主として民事上の)裁判において,著作物性の有無が争点となった場合に,これが初めて裁判官によって判断されるのです。裁判官は,著作物性について争っている当事者の主張・立証に基づいて客観的にこれを判断します。

結局のところ,作品が著作物であるかどうかはフタを開けてみなければわからない,つまり実際に争ってみないとわからない,ということになりましょうか。





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