www.sekidou.com

著作権法 (東京情報大学・総合情報学部・情報文化学科)

第13講 氏名・肖像に関する権利

  1. 個人情報としての氏名・肖像
  2. 氏名権・肖像権
  3. パブリシティの権利

個人情報としての氏名・肖像

運転免許証や学生証など私たちが身分証明書として用いているものの多くには,その個人の氏名と肖像が掲載されていますが,これは氏名・肖像が個人を識別する情報として用いられていることの証左であるといえるでしょう。これら氏名・肖像のほか住所・電話番号などの個人識別情報については,それをみだりに他人によって収集・利用されないことを内容とする法的利益が存するといえます。

その法的利益の根拠のひとつが「プライバシーの権利」です。「プライバシー(privacy)」は元来「私生活」「私事」を意味する言葉ですが,社会生活の複雑化・情報化に伴い,他人から隔離されてひとりで放っておいてもらうことが重要な利益と考えられるようになり,憲法13条にいう幸福追求権に由来するものとして「プライバシーの権利」または「プライバシー権」と呼ばれるようになったのです(東京地判昭39・9・28下民集15巻9号2317頁「宴のあと事件」,最判昭56・4・14民集35巻3号620頁,大阪地判平6・4・27判時1515号116頁など)。具体的には,私生活が他人によってのぞき見されないこと,私事が他人の表現行為によって公開されないこと,私事を他人に営利的に利用されないことなどが主な内容ですが,近時はさらにこの権利をより積極的に捉えて,自己に関する情報を自らコントロールすることもこれに含まれると考えられています。

個人識別情報が法益として考えられるようになったもうひとつの側面として,高度情報化社会の発展があげられます。すなわち,行政機関や大企業が保有する膨大な量の個人識別情報でも,デジタル信号の電子的データにすることによって小さな媒体にも記録でき,そしてそれが容易かつ大量に複製できるようになり,また通信技術によってそれを容易に伝達できるようになったことで,個人識別情報の収集・利用に関して我々が神経質にならざるを得ない状況になってきたといえるわけです。

現在,わが国には昭和63年(1988年)に制定された「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」が存在しますが,これはその名のとおり行政機関のみに関するもので,民間業者に関しては一部の業種(金融業界など)でガイドライン等の自主規制が存在するに過ぎません。そこで上記のような状況に鑑みて,行政機関はもとより民間企業にも広く適用される個人情報保護基本法制の整備に向けて政府レベルで検討が進み,その具体的成果として「個人情報保護基本法案」がまとめられました。同法案は,個人情報取扱事業者に対し,(1)利用目的による制限,(2)適正な方法による取得,(3)内容の正確性の確保,(4)安全保護措置の実施,(5)透明性の確保,といった5つの基本原則に沿って個人識別情報を取り扱うべきことや,その取扱に関する苦情処理にについての規定を設けているほか,報道分野等の一定の個人情報取扱に義務規定が適用されない旨(適用除外)を定めています(この点に関しては,とりわけマス・メディアからまだなお表現の自由を侵害するものであるとの批判もなされています。)。なお,同法案は2001年通常国会(第147常会)に提出されましたが,継続審議となりました(6月5日各紙報道)。

氏名権・肖像権

ところで,上記のような個人識別情報の中でもとりわけ氏名および肖像は個人のアイデンティティと密接に関係しているといえるでしょう。わが国の民法は非財産的な被侵害利益の典型として身体・自由・名誉の三つを掲げています(民710条)が,氏名・肖像もまたこれらと同様,権利者と分離することのできない利益であるといえますし,それゆえに我々は自己の氏名・肖像がみだりに他人によって利用されることを望まないのが通常です。このような自己の氏名・肖像に対して人が持つ利益は,不法行為法上の被侵害利益(保護法益)たる「人格権」ないし「人格的利益」の一種として捉えることができ,それゆえ氏名・肖像の侵害に対しては,不法行為一般の救済方法である損害賠償請求のほか,侵害行為の差し止めをも請求できると解されています。

わが国の法律には,氏名に関する権利について正面から律する規定が存在しませんが,例えばドイツの民法には,具体的に「氏名権(Namensrecht)」として,自己の氏名使用権を現に侵害され,または侵害されるおそれがある者は,その侵害の停止または予防を請求しうる旨の規定があります(BGB 12条)。 またわが国においても,氏名の使用そのものに関する事例ではありませんが,氏名を正確に呼称される利益は不法行為法上の保護法益にあたるとした判例があります(最判昭63・2・16民集42巻2号27頁。もっとも,同事件に関する具体的判断では,違法性がないとされました。)。

肖像に関する権利についてもまた,わが国にはこれを正面から規定する法条はありません。しかし,人が自らの肖像を他人によって写真・絵画等においてみだりに利用されないことを内容とする「肖像権」は,プライバシーの権利と同様,憲法上の幸福追求権(憲13条参照)に由来する権利であるという法理はほぼ確立しています。もっとも,他人の肖像をどのように,あるいはどの程度利用することが肖像権の侵害となるのかという違法性の限界については,必ずしも明確にされていません。例えば,警察官や自動速度監視装置による個人の容貌の写真撮影に関して,現に犯罪が行われまたは行われたのち間がないと認められる場合で,証拠保全の必要性・緊急性があり,撮影方法も一般的に許容される限度を超えない限りにおいて行われるときは,憲法(幸福追求権,検閲の禁止,捜索の要件等)に違反しないとした判例があります(最大判昭44・12・24刑集23巻12号1625頁,最判昭61・2・14刑集40巻1号48頁)。また民事事件でも,写真報道に関する事例においては,その表現行為が公共の利害に関するもので,もっぱら公益を図る目的でなされ,公表された内容が表現目的に照らして相当であるときは,違法性が阻却され不法行為とならないとする裁判例もあります(東京高判昭62・2・28判時1242号76頁,東京高判平5・11・24判時1491号99頁)。

パブリシティの権利

一方,自己の氏名や肖像などを公にしている俳優等の著名人に関しては,その氏名・肖像等について一般的なプライバシーの権利や本来の意味での肖像権が後退し,むしろその氏名・肖像等が広く知られることを望むようになります(もちろん,そうした著名人においてもプライバシーの権利がまったくなくなるわけではありませんが。)。しかし,そうした著名人の氏名・肖像等は広く知られることによって逆に顧客吸引力を獲得して経済的価値(=パブリシティ価値)を有し,その価値をコントロールすることがひとつの財産的権利と考えられるようになります。この権利こそが「パブリシティの権利」で,氏名・肖像等の経済的利用のコントロールを内容とすることから,「氏名権・肖像権」と区別して「氏名・肖像利用権」と称されることもあります。

パブリシティの権利はもともとアメリカで判例法上定立されてきた概念ですが(例えば,Haelan Laboratories Inc. v. Topps Chewing Gum Inc., 202 F. 2d 866 [1953]Uhlaender v. Henricksen, 316 F.Supp.1277 [D.Minn.1970] など),わが国でもいくつかの裁判例(東京地判昭51・6・29判時817号23頁「マーク・レスター事件」,東京高判平3・9・26判時1400号3頁「おニャン子クラブ事件控訴審」など)を通して認められ,現在ではパブリシティの権利に関する法理はほぼ確立されたといえるでしょう。

もっとも,これを規定する法条はやはり存在しませんから,問題も多々あります。上記のようにパブリシティ権は財産的権利ですが,それは著名人の氏名や肖像という人格から生じるものですから,権利を第三者に譲渡できるのかどうかという問題があります。実務上は,例えば俳優・歌手等であればその所属事務所が,プロやアマチュアのスポーツ選手であれば所属チームや各競技連盟などの団体が,それぞれパブリシティ権を管理・運営しているようですが,いざ裁判となるとそれらの事務所等が自ら原告となれるのかどうか疑問がないわけではありません(ちなみに,前掲の「おニャン子クラブ事件」ではおニャン子クラブの所属事務所等ではなく,メンバーのうちの5人が原告となっています。)。また,パブリシティ価値を無断利用されたことについてどの程度(具体的金額として)損害が生じるのかという損害額の問題や,さらには氏名・肖像等の主体である著名人の没後もパブリシティ権が存続するのかどうか,存続するとしていつまで存続するのかという問題もあります。これらの点については,著作権法の規定を類推適用して,パブリシティ権の行使につき権利者が受けるべき金銭の額をもって損害額と推定すべしとか,著名人の死後50年をパブリシティ権の保護期間とすべしといった見解が有力に主張されていますが,いまだ確立されるに至っていません。





2,529,914

http://www.sekidou.com/
制作者に連絡する