夫婦別氏制(マスメディアでは「夫婦別姓」といわれることが多いようだ。)導入の声が聞かれるようになってずいぶん久しい。
すでに多くの人が知るように,わが国において夫婦別氏制を導入するには,夫婦同氏の原則を定める民法(750条)と関係諸法(戸籍法等)の改正が必要となるわけだが,政府(特に法務省)がこれまで何もせずに手をこまねいていたわけではない。去る 1996年(平成 8年)には法制審議会民法部会がちゃんと「民法の一部を改正する法律案要綱案」というのを出していて(ジュリスト 1084号 126頁参照),そこで (1)選択的夫婦別氏制とすること,および (2)夫婦別氏の場合は婚姻時にそのいずれかの氏を子の称する氏と定めること としてまとめられるまでに至っているのである。
そこまで話が進んでいながらいまだに夫婦別氏制が日の目を見ないのは,特に保守的な国会議員の中に根強く同制度に反対する者がいるからだと仄聞する。彼らはいう――「夫婦別氏は家族の崩壊を招きかねない」と。しかし,同氏だろうと別氏だろうと崩壊するものは崩壊するし,崩壊しないものは崩壊しないのであって,上記の理屈が別氏反対の合理的な根拠でないことは,誰が見ても明らかだろう。だが,彼らの拠りどころはこれだけではない ――それは世論調査の結果である。例えば 2001年(平成 13年)5月に内閣府大臣官房政府広報室が行った世論調査 の結果によれば,別氏を容認する人は以前より多少増えたものの,実際に自分が別氏とするかについては全体のわずか 8%足らずが Yes と答えただけであり,別氏制導入への要求は高くない―― というのが彼らの捉え方だ。
しかし私にいわせれば,こうした世論調査での質問は,特にいわゆる「容認派」(積極的に自分が別氏とするわけではないが,他人がすることを妨げないという人々。)を数えるうえではあまり妥当なものとはいえない。もちろん,調査全体としてはよく練られた質問で構成されているとは思うが,実際に用いられた質問票を見てもらうとわかるように,質問の大半が「あなた(回答者自身)」についてか,あるいは「夫婦別氏にしたい人(というアカの他人)」についての問いであり,それは客観的に考えるにはあまりにも近すぎて,他方で主観的に考えるにはあまりにも遠すぎる対象なのである。すなわち,個々の質問で「あなたはどうですか」と直接的に訊かれていなくても回答者は何となく自分の話として答えてしまうおそれがある一方で,「そのような(夫婦別氏にしたい)人」と掲げられて質問されると,今度は自分とはまったく縁がない(だから別にどうだっていい)という感覚で答えてしまう可能性が少なからずある―― と私は見ている。
そこで私は,次のような問いを世論調査の質問に含めてはどうかと提案したい。
【問】 もしあなたの親しい友人が結婚するに際して夫婦別氏にしたいといったら,あなたはそれをどう受け止めますか。
- 思いどおりにさせてやればいい。
- なんとかして思い止まらせたい。
- わからない。
いかがだろうか。「親友」だと多少の親しみなり同情なりがあるだろうから「縁のない」遠い話ではないし,かといって自分自身のように近い話でもない。この質問で(1)と答える者を「容認派」として量ることができよう。従前の質問による「容認派」とはまた微妙に異なる数字が出るかもしれないが,私は,現在と比べてもそれほど減少しないだろうと予想する。むしろ,「親友がそうするなら」と(消極的容認派から「自分も」という積極派へと)応援に回る人もいるかもしれない。
しかしながら,上記の質問はたった一言を変えるだけで,今度は夫婦別氏反対派に有利な質問となる。すなわち,次の質問では(2)と答える人が圧倒的に多くなることが容易に予想される。
【問】 もしあなたの子供が(まだ子供がいない人はいるものと仮定して)結婚するに際して夫婦別氏にしたいといったら,あなたはそれをどう受け止めますか。
- 思いどおりにさせてやればいい。
- なんとかして思い止まらせたい。
- わからない。
ここでのポイントは,あくまで「あなた自身」ではなく,「子供」というギリギリの近さで止めているというところである。それでもやはり近親であるためか,自分自身についてのとほぼ同様の回答が予想されるところであるが,「回答者自身―アカの他人」というよりは「近親者―友人」というほうが遠近の幅が狭まって感じられるだろうから,より妥当な結果が導き出せるのではなかろうか。
いずれにしても,たった一言異なる上記二つの設問例でさえ両極端の回答が予想されるのであるから,それだけこの夫婦別氏の問題は奥が深いものだともいえるのだ。だからこそ,世論調査においてはティピカル(典型的)で平凡な質問(得てしてそのような質問に対して回答者は本気で答えようとしないのだから。)にならないように配慮がなされるべきだろうし,そしてまた,このような調査の結果を拠りどころとして多勢に無勢とばかりに主張を押し通すことは(反対派にしろ賛成派にしろ)慎むべきであろう。
……で,私(関堂)は夫婦別氏制に賛成なのか反対なのかって? ―― それは講義にて話しているので,詳しくはそちらで(機会があればここでもまた取り上げるが……)。