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判例研究

建設会社会社案内事件


〈事実の概要〉

X(原告・控訴人)は広告の企画立案・製作,出版物の企画・編集・製作・発行等の業務を目的とする会社であり,一方 Y(被告・被控訴人)は土木建築工事の設計・請負・施工等の業務を目的とする会社である。

X の主張する事実はおおむね次のとおりである。

平成 2年 1月中旬に X の社員である x は Y の東京支社を訪れ,当時 Y の広報宣伝部長であった y と面会した。爾来 x は十数回にわたって Y を訪問したが,この間に Y において会社案内を作り替える意図があることを知った。x はこの企画・立案を受注すべく,平成 2年夏頃までに Y の会社案内製作のためのラフ案等を y に対して提示したが,これらは y の要望と合致しなかったため不採用となった。その後 X は平成 3年 2月頃までに y の要望等を聴取し,新たなラフ案と企画書を完成させ,同月 26日これらを y に提出した(これが「X作成の会社案内」となる。)。その際 y は,上記ラフ案および企画書を社内稟議にかけた後採否の返事をする旨 x に告げたが,結局 y は同年 3月 X に対して見積金額が高いことを理由に会社案内の製作を発注しない旨通知し,その一方で訴外 S に会社案内を作成させてこれを配布した(以下これを「Y会社案内」という。)。

X は,X作成の会社案内が編集著作物であり,Y会社案内は X作成の会社案内の複製であって,これを出版・配布する Y の行為は X の有する複製権を侵害するとして,Y の上記行為の差し止めならびに損害賠償を求めて提訴した(なお,X は一審において予備的に,Y が X から預かった X作成の会社案内を S に渡して Y会社案内を作成させたことをもって不法行為であるとしてこれに基づく損害賠償請求をなしていたが,控訴審においてこれを取り下げている。)。

一審判決は,X作成の会社案内を「写真,イラスト及び記事の選択と配列に知的創作性が認められるものであるから,編集著作物である」としつつ,これを Y会社案内と対比して,「各頁毎のテーマやレイアウトにおける類似性がかなりの頁において認められるものの,その素材である写真,イラスト及び記事については基本的に全く異なる素材を用いているものである」ことを認めたうえで,「編集著作物の保護は,素材の選択及び配列についての抽象的なアイデアを保護するものではなく,編集著作物に具現化された素材の選択及び配列についての具体的な表現を保護するものであることからすると,そもそも素材が全く異なるものについて,編集著作物の著作権が及ぶものと解することはできないものであり,X が主張しているような素材の配列についてのアイデアの共通性ないしはレイアウトの類似性についてまで編集著作物の保護の範囲を拡大するのは相当ではない」と判示して,Y会社案内が X作成の会社案内の複製であると認めることはできないと結論づけた (なお不法行為に基づく請求についても,S の Y会社案内作成行為には「特段の違法性を見出し難(い)」として,これを棄却した。)。

旨〉 原判決取り消し。X の請求を認容(ただし仮執行の宣言を除く)。

1. X作成の会社案内が編集著作物であるか

「X作成の会社案内の特徴は,企業理念,業務内容,実績,企業の概略等を通じて企業の実態を表現するに当たり,イメージ写真を右認定のような記事内容を展開して行く上のつなぎ目場面において(……),また,記事内容自体を象徴するものとして(……)それぞれ使用し,さらに,空白部分(……)ないしは白(……)を多く用いることにより,前記のような情報を開示しながら,全体として,優しさと簡素とを基調とした会社案内としての特徴を顕現しているものと評価することができるものであり,・・・このような素材の選択及び配列に創意と工夫が存するものと認めることができるから,著作権法 12条の編集著作物に当たるというべきである。」

2. Y会社案内が X作成の会社案内を複製したものであるか

「著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるもの,すなわち,同一性を有するものを再製することをいうものと解するのを相当とする(最高裁昭和 53年 9月 7日第一小法廷判決・民集 32巻 6号 1145頁参照)」ところ,「両会社案内は,記事内容の配列及び各種記事に対する配当頁数の同一という基礎的な共通性に立脚した上で,同一頁の同一箇所におけるイメージ写真の選択及び特徴的イメージ写真(三,四頁)の強度の類似性並びに同一箇所における余白ないし白地部分の活用といった両会社案内を特徴づける構成の類似性からみて,具体的な素材の選択及び配列に強度の共通性があるのであって,これを単なるアイデアの共通性に過ぎないというのは相当ではなく,これによれば,両会社案内の間に編集著作物としての同一性が存することを肯定して差し支えがないというべきである。」 また,「X作成の会社案内……が y に提出された時期からみて,S において Y会社案内の企画案を確定するまでの間にこれを参照する時間的余裕は十分にあり,Y と S との間には密接な関係があり,かつ,S における Y会社案内作成の経緯に関する説得的な説明に欠ける上,さらに,……両会社案内相互間の特徴的部分の一致を総合的に勘案するならば,Y会社案内は y の指示に基づいて S が X作成の会社案内を参考にして作成したものと推認するのが相当というべきである。」

3. X の損害賠償請求権ならびに差止請求権について

「X が企画立案した編集著作物である X作成の会社案内を Y に利用させることにより通常受けるべき金額は,企画料 24万円,デザイン料 72万円,ディレクション料 31万 1000円の合計 127万 1000円と認めるのが相当であるところ,……X は Y に対し,右と同額の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日であることが明らかな平成 3年 8月 13日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の損害賠償請求権を有(し),……また,X は Y に対し,前記の編集著作権に基づき Y会社案内の出版,配布の差止請求権を有するというべきである。」

究〉

1. 編集著作物

わが著作権法 12条 1項は,「編集物(データベースに該当するものを除く。……)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは,著作物として保護する。」と規定する。編集著作物の例としては,百科事典,新聞・雑誌,文学全集,判例集,論文集,名句集,詩集などのように著作物を素材とするものと,英単語集,職業別電話帳のように,事実・データを素材とするものとがある。

本件では会社案内の著作物性が争われたわけだが,一般に会社案内とは,代表者の挨拶,会社の沿革,事業内容・事業実績の紹介,社屋の紹介,売上高。資本金等の推移をはじめとする統計資料,組織等の会社の概略の紹介などを,文章や写真・イラスト等を用いて表現したものであると解することができよう。そして,会社案内を構成する素材となるべき文章,写真・イラスト等を選択し,配列することは,編集物の素材の選択・配列に当たると考えられ,したがって素材(文章,写真・イラスト)の選択・配列に創作性があればその会社案内は著作権法にいわゆる編集著作物として保護されることとなる。

以上から考察するに,本件判決が X作成の会社案内を編集著作物であると認めた点は至極妥当であるということができよう。

2. 編集著作物の複製(同一性と依拠)

本件における最も重要な争点は,Y会社案内が X作成の会社案内を複製したものであるかどうか,すなわち両会社案内が編集著作物としての同一性を有し,かつ Y会社案内が X作成の会社案内に依拠して作成されたものであるかどうかであり,とりわけ編集著作物の同一性に関して意義を有すると考えられる(1)

著作権法にいう編集著作物の保護とは,純粋な編集方法というアイデアを保護するものではなく,具体的な編集物に具現化された編集方法を保護するものであり,したがって「素材がまったく異なれば編集著作物の著作権は動かない」というのが立法者の立場である(2)

残念ながら筆者は問題となった両会社案内を実際に目にする機会を得られなかったが,本件一審判決ならびに本件判決において掲げられた事実から推察するに,X作成の会社案内は X がクライアントたる Y に対して自らの企画を説明するにあたって,Y が前年度以前に用いていた会社案内において素材として使われていた挨拶文,写真,組織図等を切り取るなどしてこれらを並べ替えて作成されたものであると考えられる。挨拶文や写真が前年度以前のものと本件 Y会社案内に用いられているものとでまったく同じでないとすれば,両者の素材にはたしかに差異があるといえる。本件一審判決は,この点について両会社案内の素材たる写真・イラストおよび記事の内容がそれぞれ「全く異なる」と認定しつつ,前述の編集著作物の保護に関する一般的見解に沿うかたちで両者の編集著作物としての同一性を否定している。

一方控訴審である本件判決は,素材たる写真や文章がこの種の会社案内に見られる常套的な表現手段であるとしたうえで(なおこの点はあとに補足するかたちで述べられている),その素材の差異が,素材の選択・配列の強度の共通性に基づく編集著作物としての同一性を損なうものではないとする。たしかに,本件判決は両会社案内の素材について「差異がある」としつつもこれらを「全く異なる」とはいっておらず,この点では立法者の見解と決して矛盾するものではない。しかしこの理論を他の編集著作物についても応用するとなると,そこに問題が浮かび上がってくる(3)

たとえば,家電製品などの商品カタログや各種学校の入学案内のごときパンフレットの類は,素材となる文章や写真の表現が常套的な場合が多いと考えられ,したがって本件の会社案内と同様に捉えて,素材自体に多少の差異があったとしてもこれが素材の選択・配列の強度の共通性に基づく編集著作物の同一性を損なわないとすることが可能であろう。しかしデータのような非著作物を素材とする編集著作物の場合は,素材の表現手段を云々することはできない。なぜなら,たとえば職業別電話帳の場合においてその素材となるものは職業の種類,氏名・名称,住所そして電話番号といったデータであるが,これらのデータはほとんどの場合同じような表現手段をとらざるを得ないからである。こうした点から,本件判決の理論を他のケース,とりわけ非著作物を素材とする編集著作物について応用することは困難であるといわざるを得ない(4)

なお,Y会社案内が X作成の会社案内に依拠して作成されたものであるかどうかについて,本件判決はとりわけ両会社案内作成の経緯に関してかなり詳細な検討をなし,その他の事情をも合わせて勘案して依拠を推認している。依拠を推認するには充分な根拠が掲げられているということができる(5)

3. 企画の流用

本件は,事実問題としては広告企画製作業者たる X の企画をクライアントたる Y (および競業者である S)が流用したケースであると捉えることができよう。一般に,広告等企画製作業者がクライアントの要求に応じて提出した企画を,クライアントにおいて不採用としながらもこれをなんらかのかたちで取り入れる(流用する)ことが時としてあるようだが(6),この場合クライアントの法的責任を追及することは可能であろうか。

広告契約ないし広告委託契約においては,当事者は互いに他方のアイデアやノウハウを自らに蓄積することができる。すなわち,広告業者はクライアントの業界においてどんな広告が求められ,またどんな広告が効果的であるのかといったノウハウを知り得,一方クライアントは広告業者による広告のアイデアやノウハウをやはり知り得ることとなる。しかして,広告(委託)契約の両当事者はこうして知り得たノウハウを不正に流用しないという「契約に伴う信義即上の付随義務」を負い,したがって当事者が契約において知り得たノウハウを流用した場合はその当事者は付随義務違反として広義の債務不履行責任を負うものと解するべきであろう。ただし,この場合企画やノウハウを流用した当事者に対しては,原則として金銭による損害賠償責任を追及し得るにとどまり,契約の目的たるパンフレット等の配布の差止請求をすることはできない(なお,広告契約の解除の効果として差止請求が認められる余地はあるだろう。)。

4. おわりに

筆者は,結論としては本件判決に賛成である。本件は,前述のように,広告企画製作業者によって提出された企画につきクライアントがこれを不採用としながらも流用したケースであり,実質的側面から見てこうした広告企画製作業者を救済しないことは妥当ではなかろう。けだし,かようなケースを不問に付すとするならば,広告企画製作業者にとっては死活問題となりかねないからである。

しかしながら,編集著作物の同一性に関する本件判決の見解は,前述のように,結果の妥当性を優先したがために一般論としての弱さを見せてしまったように思う。たしかに,素材の差異が編集著作物としての同一性を損なうほどのものではないことを説明する必要はある。ただ,その説明の仕方については一般論としても耐え得る表現を選択すべきではなかったか,という疑問が残る。


(1) 編集著作物の同一性が問題となった事例としては,いわゆる「ウォール・ストリート・ジャーナル事件」(東京地判平 5・8・30知的裁集 25巻 2号 380頁。同事件の評釈として清水幸雄「新聞の要約版と新聞発行者の編集著作権」駿河台法学 5巻 2号 111頁,ならびに茶園茂樹「英字新聞の日本語要約版」著作権判例百選(第二版) 90頁がある。なお同事件控訴審判決(東京高判平 6・10・27判時 1524号 118頁)をも参照。)があげられる。ただし,同事件において債権者・債務者両者の編集物の素材は原文と翻訳(抄訳)という内容的に対応する関係にあるのに対し,本件における X作成の会社案内と Y会社案内の両者の素材の関係は(とりわけ挨拶文や写真・イラストについては)必ずしも内容的に対応するものではないと考えられる点に注意すべきである。

(2) 加戸守行『著作権法逐条講義 新版』 103頁。

(3) 控訴審たる本件判決が事実審である点に鑑みれば,これを一般論として捉えることはできない。しかし本件判決の有する先例としての意義を検討するうえでは必要な作業であろう。

(4) たしかに本件判決は,素材となる写真・文章につき「この種の会社案内に見られる常套的な表現手段」としているのであって,「(この種の)編集著作物 ――もしくは編集物―― に見られる常套的な表現手段」とはしていない。しかしながら,本文で例として掲げた商品カタログ等においても本件と同様の事件が起こり得ることは想像に難くなく,この点を顧慮することは本件判決を評価するうえで意義を有するものと思われる。

(5) 依拠の推認が問題となった最近の事例としては,東京地判平 6・4・25判時 1509号 130頁があげられよう。

(6) これとは逆に,広告企画製作業者があるクライアントのために作成した広告等と同一または類似のものを,自らそのクライアントの競業者のために用いる場合もある。この点が問題となったケースとして,大阪地判昭 60・3・29判時 1149号 147頁がある(評釈として渋谷達紀・判例評論 321号 57頁,斉藤博「著作者の信義則上の付随義務」著作権判例百選(第二版) 124頁)。なお,広告取引全般に関するものとして渋谷「広告契約」現代契約法大系 7巻 212頁をも参照。

(「著作権研究」 23号 ―1996年― 掲載)




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