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2006/08/23

恩師


以下は,2006年 6月 25日発行の,私の本務校の学校法人の広報誌 “Flow” に掲載されたエッセイのオリジナル版である。

N君の恩師

かれこれ7年ほど前の話,当時私は,大学院法学研究科の博士後期課程を満期退学したばかりの駆け出しで,北陸地方にある私立大学の法学部で非常勤講師をしていた。私の担当は必修ではないものの基幹科目で,また身近なテーマを含むこともあり,ゆえに履修登録者は例年100を超え,実際の出席者もコンスタントに6,70名いた。

ある年度の履修者に3年生のN君はいた。大勢の履修者の中で常に最前列中央に座って熱心に講義を聴く彼の姿は印象的で,私もいつしか顔と名前を覚えるようになっていた。通年の授業の最後に行った試験でも,果たして,彼の答案は期待どおり優れたものであり,私は最高評価を彼に与えた。

その翌年の春だったか,私がいつものように大学に向かう路線バスに乗っていたところ,途中の停留所からN君が乗り込んできた。彼は私の隣に座り,ひととおりの社交辞令を済ませた後,こう切り出してきた。 「大学院に進学したいんです。」 聞けば,学部で勉強しているうちにより深く研究していくことに興味を持つようになったのだと言う。

私はそれに対し,自分も学部生時代にゼミの指導教員に相談を持ちかけた際に,決して将来が明るいと限らないことを覚悟せよと言われたことや,それまでの自分や院生時代の同窓生の社会的・経済的な苦労などを率直に語る一方で,研究分野やテーマの定め方などについての助言もし,私としては進学はあまり勧めないがそれでもという決意があるのなら目指しなさい,と締めくくった。その時私は,彼の進学への憧れが,思うようにならない就職活動での迷いから出たもので,ある程度脅しておけば諦めてまっとうな道に戻るだろうと高をくくっていた。

そんな助言をしたことも忘れかけていた秋のころ,私のレター・ボックスに一枚の紙片が入っていた。見るとN君の手書きの伝言で,市内にある旧帝大の国立大学の法学研究科に合格したことを報告するものであった。それからさほど日を置かずして学校でN君に会うことができ,私は心から祝辞を述べた。この時N君は, 「実はあの時バスの中で先生の話を聞いて,進学を決心したんです。」 と言った。私はそれを聞いて少なからず驚いた。上記のように,自分としては積極的に進学,まして研究者の道を勧めたわけではなく,むしろ思い止まるように仕向けたはずだったからだ。N君は続けて言った。 「上っ面のいいことばかりでなくきちんと厳しい面も教えてくださったのがありがたくて,それを承知の上でかえって挑戦しようという気になりました。」 私は改めてN君の優秀さを確認するとともに,彼の決意の固さを見誤っていた自分をひそかに恥じた。その一方で,進学後は一緒に酒でも呑もうと約束し,彼の連絡先を控えておいた。

年度が変わって,当該大学での私の担当科目は通年開講から集中講義へと変更されたのだが,かえって宿泊することになって幸いとばかりにN君に声を掛け呑みに誘った。我々は,うまい肴を喰らい,うまい酒を呷って,北陸随一とされる歓楽街での夜をひとしきり愉しんだ。二件目に入ったのは,かつて私が地元の知人から紹介された店で,遠方に在って足繁く通うわけでもない私にそこの女将はずいぶんよくしてくれていた。私はその店の女将にN君を紹介した。 「僕の授業を受けていたというだけで,別にゼミとかで指導をしていたわけではないから,“教え子”というのでもないのだけれど……」 それを受けてN君は女将に向いて言った。 「先生は僕の“恩師”なんです。」

何ということだろう。たかだか大教室の講義一科目を担当していたに過ぎない非常勤講師の若造をつかまえて“恩師”とは。社交辞令や気遣いにしてももったいない(もっとも,N君が社交辞令などでその言葉を言ったのでないことは,彼の態度から明らかであったが)。私は上記の言葉を聞いたとき,嬉しくて思わず涙が出そうになったほどだ。いや,今でもなお,当時の情景を思い浮かべると目頭が熱くなる。

恩師の責務

私は,この話を思い出すたびに,自分の仕事が他人の,しかも若くて将来有望な人間の,その先の人生を左右する力があることを自覚する。もちろん,テレビ等のマスメディアに登場する著名人の言動は多くの人に影響を与え,あるいは,ある企業の商品を手にしたことで考え方が変わる人もあるかもしれず,その意味では,そうした著名人も広汎に,また企業に属する人もいわば間接的に,誰しもが何らかの形で他人の人生を左右するのだとも言える。しかし,我々の職業にあっては,この影響力はより密接で個別的で,ダイレクトなものだ。

それだけに,何気ない一言が他人にどんな影響を与えるのか,また,その者にとってよかれと思ってなした指示や助言が自分だけの価値判断から出たものではないかなどに留意する責務が,我々にはあると言える。だからこそ,その責務を(完全に果たすことは極めて困難であるけれども)果たすことにベストを尽くして“恩師”と仰がれた時に,喜びを抱くことができる。

この喜びこそ,人を導くことに対する最大の報酬だと言えるのではなかろうか。




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