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Terms in Law

法のことば Part 1


みなす・推定する

法律を学び始めて間もない法学部の学部生あたりのレポートなどによくあるのが,“みなす(看做す)”の間違った用法です。条文ではわりと頻繁に目にすることのできることばなのですが…,たとえば――

…婚姻中に生まれた子はその夫婦の嫡出子とみなされる

と書くとなんとなくあっているように見えますよね。広辞苑によれば,“みなす”の意味は「見てこれこれだと仮定または判定する。」とありますから…(なお広辞苑においても,4番目にちゃんと法律用語としての意味が掲げられています)。ところが,これが大きな間違い。

法律用語としての“みなす”は“推定する”と区別され,これと対比して説明されることがしばしばです。ここでは“みなす”,“推定する”それぞれのことばを含む条文を参照しながら説明することにしましょう。まずは“みなす”を含む条文から――

民法 〔胎児の相続権〕

第886条 1)胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。

“胎児”というのは母親の胎内にいる,すなわちまだ生まれていないからこそ“胎児”なのですよね。本来,「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」(民法1条の3)のですから,現に生まれていない“胎児”には相続権はないこととなるわけですが,この原則を通すことが妥当とはいえないというのはみなさんもお感じになるでしょう。この条文は生まれていない胎児を「既に生まれたもの」と擬制することによって胎児の相続能力を認めたものであるわけです。

このように,「そうじゃない(かもしれない)けどそういうことにしよう」というのが“みなす”の意味するところなのです。重要なのは,“みなす”は“推定する”とは違って覆(くつがえ)らないということです。前述の胎児の場合でも,死産・流産のときは前記条文が適用されないことになります(886条2項)が,現に胎内にあるうちはあくまで「生まれたもの」として扱われ,これが覆ることはありません。一方,“推定する”についてですが――

民法 〔嫡出の推定〕

第772条 1)妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

このことばを説明するのにこれほどふさわしい条文があるでしょうか。健全な(破綻していない)婚姻関係にある夫婦の間に生まれた子は,その夫婦の夫を父とし妻を母としていると考えるのが自然であるのですが…そうでない(夫が子の父でない,すなわち母たる妻が夫以外の男性と性的交渉をなすことによって懐胎した)可能性もある,というわけですね。この“推定”は,反証によって覆ります。上記の場合でいえば,その子が夫の子でないという反対の証拠があれば推定が覆ることになるわけです(逆にいえば反証がない限り推定が働くということでもあります)。

なお,“みなす”,“推定する”のほかに“~とする(~トス)”というのもあります。

民法 〔特有財産〕

第762条 1)夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする。

これは擬制する(そうじゃないのにそういうことにする)のでもなければ,反証で覆るのとも異なります ――上記についていえば,登記上の名義は夫婦の一方でも実質的には夫婦で得た財産というような場合にそれは特有財産でないということになりますが,この場合そもそもが(実質的には)「自己の名で得た財産」ではないと考えられますから反証によって覆るのとは異なります。
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無効・取消

“無効”(民法 119条) と“取消”(同 120条以下),どちらも終局的には法律行為の効力を失わせるという点で同じですが,これらは厳然と区別されています。ここでは法律行為(意思表示)に関する規定を参照して対比していきましょう。

民法 〔公序良俗〕

第90条 公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス

“無効”は「(いったん有効になることはなく)そもそもはじめから効力を生じない」という意味です。法律によって“無効”とされる行為は,原則として(*)誰しも当然に効力のないものとして扱って構いません。当事者を含む誰かが「あの行為は“無効”とする」との意思表示をする必要もまったくないわけです。また“無効”とされる行為を当事者が追認したとしても,その行為が有効となるわけではなく,新たな法律行為をしたものとみなされます(民法119条)。NetNews などでは,「権利者の主張によって○○が無効になる」というような記述を目にすることがときおりありますが,これは明らかな間違いですね。一方の“取消”ですが――

民法 〔詐欺・強迫による意思表示〕

第96条 1)詐欺又ハ強迫ニ因ル意思表示ハ之ヲ取消スコトヲ得

ここで「取消スコトヲ得(取消すことができる)」とありますね。これは,「(取消しうべき行為は)いったんは有効として扱われるが,一定の範囲内の取消権者(民法120条)が主張することによって遡及的に効力を失う(はじめからなかったことになる)」ということです(民法121条)。そして,取消しうべき行為について取消権者が追認をしたときには,当該行為ははじめから有効なものであったとみなされ(有効が確定し),以後取消すことができなくなります(民法122条)。

この違いは訴訟における扱いでもわかります。すなわち,当事者が“無効”を主張する場合は「そもそもなかったということを確認する」という“確認の訴え”となり,“取消”の場合は「行為を取消して新たな法律関係をかたちづくる」という“形成の訴え”ということになるわけです。

(*) 例外: 本来なら無効は絶対的なものなのですが,取引の安全を図るため,無効をもって一定の者(善意の第三者など)に対抗できないとされる場合があります(民法94条2項など)。また,無権代理行為は(本来)無効ですが追認によって遡及的に有効となります(民法113条1項)。

棄却・却下

原告の請求を棄却する。

原告の訴えを却下する。

どちらも判決の主文において見受けられる表現ですね。いずれも請求が認められなかった(訴えが斥けられた)という点では同じように見えます。先日もワイドショーのレポーターが両者を混同して使っていましたが…はたして両者はどのように異なるのでしょうか。

民事訴訟においては,申立て(訴えなど)の内容に理由がないとしてこれを排斥することを“棄却”といい,申立てがその形式(訴訟要件など)を具備していない不適法なものとして排斥することを“却下”といいます。“棄却”が内容まで踏み込んで審理したうえでの判断であるのに対して,“却下”は,たとえば原告に訴えの利益がなく当事者適格を欠くことなどを理由に,本案(内容)に踏み込むことなく訴えを斥けることであるわけです ――いわば「門前払い」ということができましょう。

なお,(旧)民事訴訟法(明治23年法律29号)の条文においては “棄却”,“却下”両者の用例が統一されていませんでしたが,平成8年の同法改正(平成8年法律109号)においてこの点が整備されました。

民事訴訟法 (附帯控訴)

第293条 1) 〔略〕

2) 附帯控訴は、控訴の取下げがあったとき、又は不適法として控訴の却下があったときは、その効力を失う。ただし、控訴の要件を備えるものは、独立した控訴とみなす。

民事訴訟法 (本案の審理及び裁判)

第348条 1) 裁判所は、再審開始の決定が確定した場合には、不服申立ての限度で、本案の審理及び裁判をする。

2) 裁判所は、前項の場合において、判決を正当とするときは、再審の請求を棄却しなければならない。

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または・もしくは

“または(又は)”と“もしくは(若しくは)”,どちらも 選択 を意味する接続詞ですね。意味は異ならないのですからどちらをどう使っても構わないように思えますが,実はこんなことばでも法律では厳然と区別されているのです。ここではその両者を含む条文をば――

民法 〔遺言による分割方法の指定と分割禁止〕

第908条 被相続人は、遺言で、分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間内分割を禁ずることができる。

ここで“もしくは”と“または”を挟んで掲げられている「分割方法の指定」「分割方法の指定の委託」「分割の禁止」という三つの要素の関係は,[(a or b) = A] OR B という図式で表せます。すなわち,被相続人は遺言によって,まず,A「遺産分割方法の指定」かB「遺産分割の禁止」かを選択して定めることができ,このうち A についてはさらに,a「自ら分割方法を指定する」のか b「第三者に分割方法の指定を委託する」のか選択できる,という意味なのです。このように,“もしくは”というのは,“または”よりも一段階レベル(括り)の低い選択肢を並べるときに使うわけです。 これらを組み合わせて「父もしくは母,または伯父(叔父)もしくは伯母(叔母)に依頼する」というような表現もできますね。

なお,添加を意味する“ならびに(並びに)”と“および(及び)”も同様に,

○○法 100条 1項,2項および 3項,ならびに 200条

というように括りのレベルを区別して使われます。
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消滅時効

一般に“時効”といって思い出されるのが,「あと 3カ月で時効,そうなりゃこの事件は“迷宮入り”になっちまう…」などと刑事ドラマなどで使われるアレですね。アレは刑事訴訟法にいわゆる“公訴時効”(刑訴法250条,337条 4号) のことでして,今回ここで扱うのは私法上の権利についての“消滅時効”です。

そもそも“時効”とは,広く「ある事実関係が長期間継続した場合に,真実の権利関係に合致するかどうかを問わずに権利の取得や消滅を認める制度」でして,前述の刑事・民事はもとより,行政法においても採用されているものです。このうち民事においては,一定期間の物の占有によってその物についての所有権を取得する“取得時効”と,一定期間行使しない権利を消滅させるという“消滅時効”とがあります。ではその“消滅時効”が規定されている条文を――

民法 〔損害賠償請求権の消滅時効〕

第724条 不法行為ニ因ル損害賠償ノ請求権ハ被害者又ハ其法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時ヨリ三年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス不法行為ノ時ヨリ二十年ヲ経過シタルトキ亦同シ

民法 〔相続回復請求権〕

第884条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間これを行わないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様である。

あれれ?と不思議に思った人も少なからずいるはず ――そう,どちらの条文も年数がそれぞれふたつずつ(724条では“3年”と“20年”,884条では“5年”と“20年”)掲げられているんですね。「亦同シ」とか「同様である」って… “消滅時効”って 2種類あるんでしょうか??

実は,それぞれあとのほうに書かれている20年は“時効”ではなく“除斥期間”といわれるものなのです。“除斥期間”とは,一般的規定は存在しませんが理論上認められているいる民法上の制度で,「一定の権利について権利関係を確定するために法律によって定められた存続期間」をいい,この点“時効”と類似するものです。しかし“時効”と異なり,“中断(一定の事由により時効の進行が中断し,そこからまた新たに進行すること)”がなく,また当事者が援用しなくても当然に権利消滅の効力を生じます。また,上記ふたつの条文においては“時効”と“除斥期間”の起算点がそれぞれ異なることにも注意すべきでしょう。すなわち,不法行為の損害賠償請求権における“3年”,相続回復請求の“5年”は,それぞれ「不法行為の被害者(またはその法定代理人)が損害と加害者の両方を知った時」,「相続人(またはその法定代理人)が自己の相続権を侵害された事実を知った時」から進行するのに対し,“除斥期間”は「不法行為の時」「相続開始の時」から“20年”のカウントがスタートするのです。

というように“時効”と“除斥期間”とは異なるわけですが,一般に,条文において「時効によって消滅する」とされている場合以外は“除斥期間”であるとされます。したがって――

民法 〔詐欺・強迫による婚姻の取消し〕

第747条 1)詐欺又は強迫によって婚姻をした者は、その婚姻の取消を裁判所に請求することができる。

2)前項の取消権は、当事者が、詐欺を発見し、若しくは強迫を免れた後三箇月を経過し、又は追認をしたときは、消滅する。

――にいう“三箇月”は“除斥期間”であると解されています。
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被告,容疑者

ワイドショーなどマスコミにおいて刑事裁判の被告人を“○○被告”と呼ぶようになって久しいですね。ところがこれが大きな誤り。法律上は通用しない使い方なのです。次のふたつの条文を見てください。

民事訴訟法 〔普通裁判籍による管轄〕

第4条 1) 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。

刑事訴訟法 〔土地管轄〕

第2条 1)裁判所の土地管轄は、犯罪地又は被告人の住所、居所若しくは現在地による。

カンのいい方ならもうおわかりでしょうが,それぞれ“被告”は民事裁判“被告人”は刑事裁判における用語でして,両者は厳格に区別されます。これは,おそらくはドイツなどの大陸法の影響だと思われます。ドイツ語においても,“〔民事の〕被告”と“〔刑事の〕被告人”はそれぞれ“Beklagte”,“Angeklagte”というように使い分けられているのです ――ちなみに“訴える”という意味の動詞は“klagen”ですね。たしかに英米法においては,“〔民事の〕被告”にも“〔刑事の〕被告人”にも同じ“defendant”という言葉が用いられますが,これは法制度や訴訟のシステムからして異なる国での話。現にわが国の法律および実務においてきちんと区別されている言葉をいい加減に,ましてや敬称もどきとして使うのは,とてもじゃないですが感心できませんね。

また,同じく敬称もどきとして使われている“容疑者” ですが,こちらも法律用語としては通用しません ――というより使われません。正しくは“被疑者”です。意味からしても,「疑いを容(い)れる」よりは「疑いを被(こうむ)る」というほうが相応しいと思うのですがね…。





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