情報関連法 (東京情報大学・総合情報学部・経営情報学科)
「情報公開」とは,行政機関が保有する情報を広く民衆に公開することにより,行政機関の諸活動を民衆に説明する責務(=説明責任,アカウンタビリティ)が全うされるようにするとともに,民衆の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする制度です(情報公開1条参照)。
こうした制度はアメリカやヨーロッパではすでに早くから確立していましたが,わが国においては1982年に金山町(山形県)を皮切りにそれぞれの地方自治体(地方公共団体)で次々と情報公開条例が定められ,1996年までにはすべての都道府県レベルで情報公開制度が確立されるまでに至りました。そして国レベルにおいても,1999(平成11)年になってようやく情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)が制定され,2001年4月から施行されています。
情報公開制度は,行政機関の保有する情報につき民衆から開示請求があったときは,原則公開(開示)することを旨としてます(情報公開5条本文参照)。情報公開の趣旨(上記参照)に鑑みて,行政機関が恣意的にどの情報を公開し,どの情報を非開示とするかを判断することは,基本的には許されません。こうした情報公開の考え方のおかげで,とりわけ自治体レベルにおいては,いわゆる官官接待やカラ出張の実態が民衆の目に曝されることとなったのは,人のよく知るところです。
しかし,行政機関の保有する情報すべてが公開(開示)されればいいのかというと,必ずしもそうではありません。行政機関の保有する情報に個人情報が含まれていてそれが公開されたとしたら当該個人の利益を害する可能性があるでしょうし,行政機関がその活動を円滑に行ううえで公開するのが憚られる情報というのも少なくないからです。そこで,原則公開を旨とする情報公開制度にあっても,例外的に一定の非公開事由(不開示事由)を設定してそれに該当する情報については開示せずともよい(開示しないことができる)としているのです。主な非公開事由は次のとおりです(各項目末尾の参照条文では国の情報公開法の条数を掲げておきます。)。
なお,上記のような非公開事由を含む情報であっても,他の部分については部分開示がなされますし(情報公開6条),また公益上の理由から行政機関の長が裁量的に開示する場合(情報公開7条)もあります。
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上記のように,国の情報公開法にしろ地方の情報公開条例にしろ,情報公開制度においては例外的非公開事由のひとつとして「企業情報(法人情報)」が掲げられているのがほとんどです。こうした企業情報は,行政機関がその事務を行ううえで(例えば許認可等のために)企業に提出を求め,あるいは企業のほうから任意で提出されるといったもので,企業の側にしてみれば自己の情報をいかなる場合でも公開されるというのは決して好ましいことではないでしょう。しかしながら,行政機関の保有する企業に関する情報がすべて非公開(不開示)になるのかというと必ずしもそうではありません。では,どのような企業情報が非公開とされるのでしょうか。
まず第一に,公にすることにより,その企業等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの(情報公開5条2号イ)があげられます。これは,企業や事業を営む個人が有する正当な権利利益は,原則として開示されることにより害されるべきではない,との考え方に由来しますが,情報公開条例に関する下級審裁判例によると,「競争上の地位」が情報の開示によって具体的に侵害されることが客観的に明白であることを要する,と解釈されています。すなわち,企業の側が漠然と競争上の地位等を害されるおそれありと思っているだけでなく,開示されるべき情報の内容・性質をはじめとして,企業等の事業内容,当該情報が事業活動等においてどのような意味を有しているか等の諸般の事情を総合して判断すべきものとされているのです。具体的には,事業活動上の機密事項や生産技術上の秘密に属するものなどは,これに該当する,つまり非公開とされる可能性があるとされています。
さらに,行政機関の要請を受けて,公にしないとの条件で任意に提出されたものであって,企業等における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質,当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの(情報公開5条2号ロ)についても,非公開とされ得ます。この要件は,アメリカの情報自由法(Freedom Of Information Act: FOIA)における「クリティカル・マス基準」を参考にしたものです。
「クリティカル・マス基準」とは,アメリカ合衆国での“クリティカル・マス 対 原子力規制委員会”事件の差戻後のコロンビア地区控訴裁判所判決(Critical Mass Energy Project v. NRC, 975 F.2d 871 (1992))において多数意見が採用したものです。すなわち,「情報提供者が慣行上公衆に不開示にしてきた情報を任意に行政機関に提出していた場合,当該情報は開示されない」というもので,慣行上不開示としてきたことが情報提供者(企業等)によって証明されれば,公開原則の適用除外となり,情報は開示されないということになるのです。
わが国の情報公開法5条2号ロにいう「行政機関の要請を受けて…任意に提出された」というのは,法律上行政機関への情報提供が義務づけられていてその権限により行政機関が情報収集する場合は含まれず,あくまで企業等からの任意提出であることを意味します。さらにわが国の情報公開法においては,上記クリティカル・マス基準に加えて“非公開約束の合理性”の要件が加えられている点が注目されます。非開示約束の合理性という要件を課すことによって,企業等はそれを前提として任意に情報を提供するかどうかを判断することになるでしょうし,他方行政機関も情報の提供を受ける際には(また任意提供を求める際にも),慎重な配慮を要することとなるでしょう。この点,企業等の自主性が害され,あるいは他方で非公開約束が濫用されることのないように上記規定が運用されるよう望まれるところです。
なお,上記の非公開事由があった場合でも,絶対的開示要件を満たすもの,すなわち「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」(情報公開5条2号ただし書)については,やはり原則に立ち戻って開示されることとなります。
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